部屋の整理と受験記録のまとめもいよいよ終盤。このブログの運営も残りわずかとなりました。今回は成績推移・受験戦歴etcです。ちなみに当ブログ最初で最後の画像掲載。
○予備校出席状況
予備校入学当初は、自分に必要な科目だけ受講予定でしたが、いくつかクラス変更はしたものの最終的に全ての授業に出席しました。2009年度は恐怖の新型インフルが猛威を振るう中、健康面には特に気をつけ、なんとか1年間乗り切ることができました。
○成績推移
・代ゼミマーク模試
成績に凸凹はあったものの年間通して見るとこんな感じ。マーク模試の度に総合9割を目標にずっとやってきましたが、結局ベストスコアは代ゼミプレの782/900(86.8%)でした。9割の壁は高かった・・・。
・代ゼミ記述模試
あれだけ頑張ったのに不変・・・
偏差値自体はあまり気にしていませんでしたが、こうしてみるとしょぼいな・・・。
○受験戦歴
2009年度
センター試験:695/900(77.2%)
前期:合格最低点-73.5点
後期:合格最低点-148.4点
2010年度
センター試験:749/900(83.2%)
前期(主観的な感触)
英語:7~8割
数学:3~4割(1/5完答+α)
生物:8~9割
化学:7~8割
面接:形式的(参考程度)
ちなみに後期は岐阜大学に特攻予定でした。
ここで勉強についての全体的なまとめを少々。
【センター試験】
2010年度のセンター試験のポイントというと何かわかるでしょうか?
それは、今回より過去の素材文を再利用出来るようになったということです(詳細は大学入試センターHPの報道発表一覧2008/8/6参照)。私はこれを想定して、今回は市販のマーク問題集をやらずにひたすらセンター過去問をやりました。結局、利用されることはありませんでしたが、この先どうなるかわかりません。過去問をどう活用するか、というのは引き続き重要になってくるように思います。
【2次試験】
落ち着いた今、あらためて勝因を分析してみると、
・自分の学力を正確に把握できていた
・試験の勝負所をおさえていた
と言えるのかな、と思います。
前者については、自己評価ですが2次試験の得点の取り方に表れています。数学が苦手の私は、数学についてはアドバンテージをとれるわけもなく、いかに自分の学力で解ける問題を解いて点数をかき集めるか、その一方で、比較的得意の英、生、化でがっつり得点を取り、最終的に総合点で合格最低点を上回る、というイメージを抱いてました。誰しも得手不得手はあるかと思いますが、その中でどのように合格最低点を上回るかというイメージは大事かなと思います。
後者については、科目別の記事にも書いていますが
英語は自由英作文、生物と化学は論述で勝負が決まる、といった具合に試験の中でどこで合否を決するかを自分なりに考え、センター以後はそのポイントを集中的に勉強しました。もちろんこのポイントは自分で勝手に考えた事なので、ずれていた可能性もありますが、大まかな方向性としては間違っていなかったと思います。
最後に、以前頂いたコメントで
「精神面での移り代わり、それについての対策」という質問がありましたのでこの場で返信。
えっと・・・、なんとも答えにくい問いです。
もしかすると、このブログを読んで下さっている方々の中には、私の事を冷静沈着とか、プレッシャーに動じない奴だとか思われているかもしれません・・・が、決してそんな人間ではありません。
なにより今年の受験では強烈なプレッシャーに襲われていました。
受験勉強期間を通して最もつらかった時期は10年度センター本試終了後~2次試験までの約40日間。この間に体重は4kg落ち、高校時代バリバリ部活に励んでいた時代の体重になってしまいました(体重変動の比較的少ない私としては異常
)。予備校の授業終了後の12月~センター本試までの約40日間もひたすらマーク問題を解くという生活でしんどかったですが、何より9割を取るという明確な目標があったのでそこまで苦に感じませんでした。むしろセンターの結果が出た後~2次までの生活の方が、リサーチの芳しくない結果に半分運命が決まったようなもので常に不安との戦いでした。
では、不安にどう対処したのか、ということですが、結局のところ目の前にある問題を解いていくことしかできませんでした(問題を解いて不安を紛らわす、考えないようにするという表現が正しいのかな)。大リーグの松井選手の新書「不動心」でコントロールできることとできないことを分ける、という言葉があります。どうしても不安や心配事はあれこれ考えてしまいがちですが、いくら考えたところで事態が改善するわけでもなく、心労が募るばかりです。取ってしまったセンターの得点はどうしようもない(コントロールできない事)なら、目の前の2次試験の勉強をやるしかない(コントロールできる事)といったように気持ちの区切りをつけて2次の勉強に専念。げっそりしながらも予備校の自習室だけは通い続け、朝から晩まで机にかじりついていました。後から予備校のスタッフに話を伺ったところ、その頃の私は鬼気迫る感があったとのことです。
あと、受験に対して私が考えていた事は「医学部は難関」という思い込みを取り払う事でした。これは部活をされていた方にはわかりやすいかと思います。あと例えるならスラムダンクの湘北vs山王の試合に挑む湘北メンバーの精神状態(これ、どれだけの人がわかるんだろうか・・・)。
もちろん現実は難関です。しかし、難しいという思い込みは百害あって一利なしのように思います。私の09年度前期の結果は合格最低点-73.5点でした。これを見てどう思うか・・・。「あとこんなにも取らなくてはいけない」と思うか「あとこれだけ」と思うか、気持ちの持ち方一つで大きく変わります。私はこの点数差を見た時、正直な感想として「いけそうやん」と思いました。もちろん、そこには勉強を開始して6ヵ月という勉強期間の短さとセンター77%しか取れていなかったという背景があったからです。だから『2008年度受験振り返り』
の記事で、「あと1年死ぬ気でやればなんとかできる」と当時の私は大口をたたいています。この点数差なら2次科目で各10点、センターで40点UPすれば合格最低点を上回れる、根拠も何もあったものではありませんが、都合のいい自分勝手な数字の足し算を考えてみるとクリアできそうな数字に思えてきませんか?当時の私はこんな妄想をすることで目の前のハードルをグッと押し下げ、合格をイメージしていました。結局、こうすることで「医学部は難関」という漠然としたイメージを具体的な数字に置き換えて合格までの道筋を明確にし、じゃあその点数を取る為には何をすればいいか・・・、といった具合に思考を進めていくことが出来ました。
なんか問いに答えたことになっていない気もしますが・・・、でも私に書ける事はこの程度です。精神論の話はなんとも難しく、うまく書けません。ただ、一つ明確なことは、どれだけしんどい時があっても「絶対医師になる
」という気持ちが揺らぐことはありませんでしたし、これが退職して退路を断ち最後まで勉強を継続する強力な原動力だったということです。
医学部再受験に挑戦される方々は、個々人で様々な事情を抱えられており、困難も多々あるかと思いますが、なにより人生の方向を転換してまで医師になりたいという強いモチベーションがあります。気持ちが行動に与える影響は思いのほか大きいと思います。志を同じくする再受験生の一人として、再受験に挑戦されている方々には是非、目標を達成して欲しいと思います。