室内は明かりが落ちているものの、幾多のディスプレイが空間に無機質な光をともしている。た。
その中心部に独り佇む白衣の男。


「“Arc ANGEL”ね……」


画面の向こうでは、大統領満足げに手を挙げている。


「まったく、無粋で短絡的な呼称だな。」


ふん。
小さく息をつく口元には、嘲るような薄い笑み。


「まぁ、大統領などという凡庸な男の考えそうな名だね。」


ゆっくりときびすを返し、彼は部屋の傍らを見やる。
そこは執務室。その壁面には、およそその場にふさわしくない、巨大な水槽――薄い青色ぬ液体を満たした“それ”は、ゆるく淡い輝きを放っており、その中には2人の“女性”が、眠っているかの如く目を閉じ、静かに浮かんでいる。


「あれこそ“system ALICE”の発展系……それがどれほどのものなか。まぁ、あれには理解できないだろうけどな。」



浮かび上がるコンソールに様々な情報を入力しつつ、誰にともなく呟く。


「わが師、ドクター・アンデルセン……進化に行き詰まった人類を、さらなる先に導くべく、彼は人造生命体“ベルダ”を創造した。」


ゆっくりと、傍らの水槽に視線を移す。


「だがそこまで。
師は“ベルダ”の“本質”を完全には理解しきれてはいなかった。
だからこそ、私は研究を受け継いだ。。」
「……仰る通りでございます。」


いつからそこにいたのか、背後の壁際に、黒衣の女が立っている。
彼女は大仰に両手を広げ歩み寄る。


「それを完全に解明し、より高次元に進化させ“system ALICE”として完成させたのはグリム博士……あなたです。」
「どうでもいいことだよ……」


女の讃辞をグリムと呼ばれた男は一蹴する。


「僕でなくとも、誰でも成し遂げられることだ。それより……」


視線だけ動かして、彼は続ける。


「レディ。本当に、政府は彼女達を悪用しようとしているのか?
僕の調査では……」
「上層部の特別機密。一筋縄ではございませんでしょう。」


女はゆっくりとグリムの傍らに歩み寄る。


「我々“組織”のエージェントが、命を賭してあ得た情報です。疑いはございません。それに……」


女は白衣の肩に、そっと手を置く


「世界政府は、あなた様の命すらも、秘密裏に抹消するつもりなのですから。」
《これが我が国の……“希望の翼”だっ!》


大統領の、丸太のような腕が大きく開くと、背後の大型スクリーンに映像が浮かび上がる。

広大な峡谷――。

幾星霜、刻み込まれた大地の営み。その集大成である巨大な石柱群。

そのひとつに、2つの影がみえる。
テーブルトップに佇むのは。2人の女性――。
年の頃は、アヴリル達とさして変わらないだろう。そのひとりが、不意に金色に輝く長髪をなびかせて振り返る。

彼方に光……。

それが無数のミサイルであることに、聴衆たちは気づき、ざわめく。


《先日、セバリスタンの内分を鎮圧するのに使用したのと同程度の一斉砲撃だっ!生半可な兵器では太刀打ち不可能だ。》

ざわっ

動揺が広がる中、大統領は大きく頷く。


爆音――。

画面が歪み、白転するほどの衝撃。
悲鳴と叫声が飛び交う中。画像はゆっくり回復する。
爆煙が薄れていく中、現れたものは――

ぅぉおおおっ!!!!!!!!

歓声


《ご覧いただけたか!?諸君!》


大統領の雄叫びに、歓声はより大きくなる。


《アルミカの新戦力“Arc Angel”ジゼルとヴァージニアだ!》


そう呼ばれた2人の額には、光り輝く額冠。


「光の……翼。」


エルは声を絞り出す。それほどに、動揺は隠せない。


「ベルダなしで、どうやって……」


画面の中では、2人の天使がデモンストレーションを続けている。その強さは、もはや圧倒的だ。


「……わかんない」


視線を釘付けにしたまま、アヴリルは愕然とするのみだった。









大統領は、至極ご満悦だった。
腰巾着の議長と談笑しながら、大股で廊下を行く。その歩調は、自ずと軽やかだ。


「……ご満足いただけましたかな?」


気配もなく、唐突に脇から声がかかる。
上機嫌を阻害された彼の眉間に、一瞬深い皺が刻まれ……すぐに笑顔に戻る。
その反応を確認したか、声は静かに続ける。


「性能的には、閣下のご依頼通りかと。」
「ふん……。」


閣下。
なんと甘美な響きだろうか。
恍惚の波を抑え、大統領は思案するように顎をなでる。


「現状では、まぁ及第点だな。……まだ、色々と足りんがな。」
「ほぅ……?」


思いもかけなかった返答に、声の方から反応があった。


「何か、落ち度がありましたかな?」


にやり。

大統領の口元に、邪な笑みが浮かぶ。


「実戦。だよ。」


向き直り、声の主を見やる。


「デモンストレーションで、現用兵期では対処できぬほどの性能だとはわかった。だがな、それでは満足できん。やはり……」
「“ALICE”……ですか。」


暗がりから現れる影。
全身を闇色の装束に隠した、仮面の男。


「だ、大統領!あせるあせる
「……問題ない。」


狼狽する議長を鼻先で制する。


「彼は我々の“支援者”だ。」
「し、支援者……?」
「左様。」


満面の笑みをたたえたまま、大統領は右手を差し出す。


「彼の名はフェイスレス。“system ALICE”の開発者、ドクター・グリムのエージェントだ。」
「アルミカ共和国……?」


口いっぱいにシフォンケーキを頬張る。
アールグレイの薫りが口内に広がるなか、アヴリルの眉間には、深い溝が現れる。


「あんま、いい話は聞かないね。」
「連合非加盟国の中でも、最近軍備増強著しい。って噂ですよね。」


エルはゆっくりと紅茶のカップを傾ける


「でも、それがどうかなさったのですか?」
「……2人ともよく聞いてくださいね。」


黒衣の聖女。大神官レナリアは、視線を窓の方にそらす。


「あなた方に、半ば強制的なレベルアップをお願いしたのは、“神託”があったからなのです。」
「神託……お告げか?」
「そうですね」


アヴリルの呟きに、レナリアは苦笑混じりに答え、懐から記録メモリを取り出す。


「先日、内偵班が撮影したものです。」


メモリを映写機にセットし、スイッチを入れる。

「まずは、見てください。」


画面に映しだされたものは、広大な広場に立ち並ぶ車両と、更新する兵士達……。
旧世界では、ごく普通に各国で行われていた、軍事パレードの風景だ。


「すごい装備ですね。」

エルは感嘆の声を漏らす。


「まるで戦争でもするみたいな。」
「連合非加盟国だからね。軍事力を見せつけたいんだろ。」


アヴリルは至って平然と言い放ち、聖女を振り返る。


「これが何か?」
「もう少し……先ですね。」


質問は受け流し、レナリアは操作を続ける。
画像は流れ、共和国大統領の演説風景に切り替わる。

熱狂する観衆の声援に、まるでフットボール選手のようなゴツい男が、非常に満足げに両手で応えている。彼こそが、アルミカ共和国大統領ジョージ・ゲラーグその人だった。
朗々と語るその言葉は
“抑止力による平和”
だの
“自国を防衛するための示威としての戦力”
だのと、旧世界、大国がはびこった時代を彷彿とさせる古臭いもの。なにを今更……アヴリルは画面を見ながら面白くもなさそうに息をつく。


「ふぅん……」


半ば飽きたといった様子で、彼女がケーキをもう一口いこうか、と手を伸ばしかけたその時


《……よって統合政府“GLOBE”による、疑念に満ちた世界の支配に対抗すべく……》


「ここからです。」
レナリアの声とともに、画面が切り替わる。


《手始めに、我々は奴らが公開を拒否している重要機密“systemALICE”の解明、自国での開発に成功したことを、ここに発表するっ!》
「えぇっあせる
「“ALICE”だって!?」


エルは文字通り飛び上がり、アヴリルはテーブルを叩いて立ち上がる。


「そんな、ありえない!」
「落ち着いて!」


聖女が静かに制止する


「……まだ続きます」



レナリアの声からは緊張が消えていない。2人は画面に意識を集中する。


《アルミカ共和国の主権と平和は、我々自身が守らねばならない!
国民諸君、見よ!これが……》


視線は画面に釘付けになり、2人は言葉を失う。
それほどに、映っていたものは衝撃的だった。








「……本物だと、思いますか?」


エルはまだ上気したままの息を整えながら、アヴリルに向き直る。


「どうみてもあれは……」
「うん。」


頷きはしたものの、アヴリルも頭の整理がつかない。


「理屈かはわかんないけど……」


暫く考えて、ようやくアヴリルは口を開いた。


「あれが何かって言われたら、間違いなく……“Alice”だよ。」