ロディオマシン欲しい→ピグライフのお庭へポニーの乳母車も貰ったことだし、イベントしんどいしやめよー!と思ったけれどまだロディオマシンもらってないあと2回ランダムクリアしたら他の人のお手伝いに回りたいと思っています。もしライフで見かけたら声かけてね!
一期一会すごくすごく後悔した話。仕事関係であるお子さんと初めて出会ったのは8年前。すごくワガママな男の子で、大人を舐めきったような態度をしていた。すぐ癇癪は起こすし、食べ物の好き嫌いも激しいし、言葉遣いも本当に悪い。なんで親は注意しないのか本当に疑問だった。その上、親も自分の子供の態度を悪いと思っていないのか、どんなに子供が他人に悪態をついても宥めもせず、謝りもしない。正直本当に関わり合いたくない親子だった。そんな親子との転機が来たのは、出会いから2年目、今から6年前だった。ふとしたことがきっかけで、親の方と話す機会があった。私は正直貧乏くじを引いたと思った。どうせ何を言っても通じない人種の人だと思っていたので、地雷を踏まないように、慎重に接しなければならないと思っていた。だが、実際話してみたら、失礼だけど普通に常識もある方だった。その時から何度も話をするようになり、いろいろ打ち解けていったと思う。そしてある時、私は初対面の時から続く疑問を親の方にぶつけてみた。「何故自分の子供が他人に悪態をついても一切謝らないのか? また、宥めもしないのか? その態度で周りから誤解されていても平気なのか?」後になって思うことだけれど、自分の中の正義とかモラルは、相手によっては凶器を振り回されているようなものだ。きっとこの時も親の方を深く傷つけた事だろうと思う。親の方は遠慮せずに聞いてくれて良かったと言い、いろいろ話してくれた。まずお子さんは難病で、余命はあと10年くらいだろうと医師から言われていること。子供には病気以外の苦しみは味あわせたくないと思っているので好き勝手にさせていること。その他は敢えて割愛しておく。その時はお子さんが難病を患っていること自体は知っていても詳しくなかったし、親の方の言い分もわからなくはない程度に思っていた。けれど、この時から更に2年経ち、今から3年前になると状況は一変していた。正確に言うと、2年の間にゆっくりと坂道を転がるように状況が悪くなっていった。お子さんはほとんど動けなくなっていて、姿形も変化していた。自分自身1週間に1回くらい会っていたのだが、1年前の写真を見る機会があり、愕然とした。実はこの難病は進行性筋ジストロフィー デュシェンヌ型。一般の人にはあまり理解がない病気だと思うが、進行性筋ジストロフィーで一番悪いパターンだ。1年前とのあまりの違いに愕然とし、親の方といろいろ話した。書いてても後悔しかないのだが、ここまで悪化した大きな理由、それは小学校の環境であったようだ。一般の小学校の個別支援級に通っていたはずなのだが、担任の教員は病気についての理解をしようとしなかったらしい。親の方は何回も担任と話をしたようだが、冒頭に書いた通りの行動を取っていたので、所謂モンスターペアレントと思われたようだ。たら、れば、の話は好きではないが、この時は目眩がする程自責の念に駆られた。もし、親の方に、今の態度を続けたら周りから理解されず誤解をされてしまうときちんと伝えられていれば…もし、小学校で悩んでいると聞いていれば…もし、担任の先生と話ができれば…今考えてもきっとできることはあったと思う。そこからなるべく親の方やお子さんに寄り添えるようそこから1年間努力はしたけれど、現在より遡ること2年前に自分自身私生活でいっぱいいっぱいになってしまい、結果的に中途半端になってしまった。自分自身がちょっと落ち着いてきた頃に連絡をしてみたが、その時にはもう、お子さんには会えなかった。いっぱいいっぱいになっていたのは1年くらいだったのだけれど…自分が親になり、あの時見えていなかったものが沢山ありすぎて、後悔しか残らない。大人になったら~という話題は毎回適当にごまかしてごめんね。アンタさ~と言われる度に叱りもせずにやり過ごしてごめんね。ちょっとしたことですぐ泣くからまたか、と思ってた、ごめんね。身体が痒いこともあまり気づいてあげられなくてごめんね。一緒に遊ぼうって言われてもほとんど遊んであげられなくてごめんね。もっとちゃんと会った時には関わっていれば良かった。1回だけありがとうって言ってくれたこと、忘れない。さよならも言えなかったけれど、もう1度会いたかった。親の方の苦悩をきちんと理解して、寄り添って、代弁者になれたら良かった…。自分より先にほぼ確実に死んでしまう我が子と向き合うのはきついですよね。受け止められないのに、周りに目を向けるなんて難しいですよね。どんどん悪くなっていく子供を見ているのも辛かったですよね。後悔しても後悔しても時は戻らない。自分自身の人生について本当に考えさせられる出来事だった。この先、親の方にもし会える機会があるならば、また会える機会があるならば、その時は沢山思い出話が出来るといいな。
イルカとガチョウイルカとはイルカ追い込み漁は野蛮で残酷だという批判、ガチョウとはフォアグラは強制的に餌やりをすることは残酷だという批判のことである。共に動物愛護法に違反しているということで世界的な論争を呼んでいる。全く納得がいかない話だと個人的には思う。イルカ追い込み漁の方は世界的には残酷だと認定されて、ガチョウの方は否決されたからだ。フォアグラはフランスの代表的な食文化なので守られて、イルカを食す文化は否定された訳である。だが、イルカを食す文化や捕獲する文化を野蛮だとか、残酷だとかを誰が、どこで、線引きするのだろうか?結局は先進国の権力者の認識で線引きされるのだと思うが、なんとも納得のいかない話である。正直な話、明確な基準を設定して欲しいと思う。まぁ、インディアンのように世界的に捕鯨をして食す文化を認められている唯一の部族もいるが、その文化さえも批判されていたら有名無実になってしまうわけだけれど。