好きで毎週録画して休みの日に見ています。
今回は「読書芸人」。
アメトークにしては笑いのないテーマなんですが、大変興味深く面白く見ました。

今話題で注目のピースの又吉がメインで本を案内する内容。

読書と言う行為が小説や文芸作品を読むことに限っていることにちょっと不満。
わたしも本は読みますがほとんどがノンフィクションです。
若い頃は文学少年と自負するほど小説を読んでいましたが、成人になってからはノンフィクションが中心になっています。
たぶんほとんどの人がそうなんじゃないかと思います。

で、この番組を見ながら改めて確信したのですが、わたしはあらゆる才能の中で何が一番欲しいのかと聞かれれば、迷わず「物語」を考えそれを文章で表現できる才能だと答えます。
博打で勝てる才能や歌を上手く歌える才能も欲しいですが、それ以上に「物語」を作り上げる才能は自分の手に入らないと分かっているだけに絶望的に憧れてしまうのです。

又吉が今、芥川賞の候補に挙がっているらしいとのニュースに正直嫉妬を覚えてしまいます。
芸人だと言う話題性を除いたとしても、わたし自身読んではいませんがそれなりの評価がある事でその本が確かなものであることは否めないでしょう。
近いうちに読んでみたいと思います。

ところで、「物語」を作ることがどれだけ大変な作業かということは一度試しに考えてみれば分かると思います。
考えた「物語」がどれほど陳腐なものかを実感するはずです。
また上手く考え付いたと思った「物語」を、自分の想定通りに文章で表現することの至難さは半端ではありません。

かつて見た文章読本の内容に書いてあったことで、全く違った言葉を結びつけて話しを作る事というのがありました。
例えば、「納豆」と「野球」とか、「青春」と「フグ」とか、とにかく一見結びつかないものをくっつければ思わぬ物語が出来るかもしれないというもの。

でも、確かにある意味でヒントになるかも知れないですが、これって小手先の誤魔化しに過ぎないような気がしますよね。
素人の憧れから言うと、自身の心の内から発せられる逼迫したものが小説になるように思っていますので。
しかし現実はこんなもんなんでしょうか。
それならちょっと幻滅してしまいますね。

一流小説家の内面をわたしのようなものが想像できるはずもなくただただ憧れだけが先走っている現状です。
ですが、そんな中でわたしが思う小説家とは言葉の選択や比喩の確かさなどの技術的なことも然りなのですが、その元となる「物語」を作り上げることが最大の条件なんだと思います。

ちなみにわたしがかつて読んだ本(小説に限って)の中で最も印象深く残っているものを紹介します。
三島由紀夫の豊饒の海「春の雪」です。

主人公ふたりの若い男女の心のやり取りが切なすぎやりきれなくて、心が締め付けられ涙なくしては読めませんでした。
男を思い詰めるあまり尼の世界に身を寄せざるを得なかった女の人生に、やるせなさ不憫さ非情さ、そして女の頑なな決断に怯えたものです。

男と女の純粋なものを突き詰めようとした三島由紀夫の傑作だと思います。