はい、どうも。スズキです。
お寺を紹介している中で、
「○○寺の末」なんて言葉が、何度か出てきています。
今回は、それについて簡単に説明したいと思います。
「末寺」に相対する言葉が「本山」です。
物の例えで「総本山」という云い方をすることがありますが、
その「本山」です。
制度として本末制度が確立されたのは江戸時代のこと。
各宗派の寺院を「本山・末寺」という上下の階層的な関係に置くことで、
その宗派に対する統制を図るために制定されました。
1631年には新しくお寺を創建をすることを禁止し、
翌年以降、各本山に対して「末寺帳」の提出を義務づけます。
(これによって、各地方の古刹が幕府の命によって、
形式的に特定の宗派に編入されることになりました)
と、これは江戸時代に成立した法律上の制度としての本末制度ですが、
もちろんそれ以前から、主従関係や暖簾分けみたいなことはあったわけです。
ただその中で、本山と末寺で諍いがあったり、
宗派と宗派で対立があったりと、争いが多々あったそうです。
幕府が本末制度を敷いた理由のひとつには、
このような宗教対立が大規模なものに発展するのを避けるということもあったようです。
お寺を紹介している中で、
「○○寺の末」なんて言葉が、何度か出てきています。
今回は、それについて簡単に説明したいと思います。
「末寺」に相対する言葉が「本山」です。
物の例えで「総本山」という云い方をすることがありますが、
その「本山」です。
制度として本末制度が確立されたのは江戸時代のこと。
各宗派の寺院を「本山・末寺」という上下の階層的な関係に置くことで、
その宗派に対する統制を図るために制定されました。
1631年には新しくお寺を創建をすることを禁止し、
翌年以降、各本山に対して「末寺帳」の提出を義務づけます。
(これによって、各地方の古刹が幕府の命によって、
形式的に特定の宗派に編入されることになりました)
と、これは江戸時代に成立した法律上の制度としての本末制度ですが、
もちろんそれ以前から、主従関係や暖簾分けみたいなことはあったわけです。
ただその中で、本山と末寺で諍いがあったり、
宗派と宗派で対立があったりと、争いが多々あったそうです。
幕府が本末制度を敷いた理由のひとつには、
このような宗教対立が大規模なものに発展するのを避けるということもあったようです。














