こんにちは、Ryotaです。

2021年に言霊学を知り、学んでいく中で

 

自分の人生って何?

自分は何をしたいの?

天津太祝詞音図って?

真理って何?

グレートリセットを生き残るには?

 

などの点から自分の命や世の理、1音1音の感覚について深く考えるようになりました。

 

その過程で毛細血管の造形、稲妻の造形、木の枝や根っこの造形が似ていることにふと気づき自然と自分は連動している??という視点を持つようになりました。

 

そして時計を見るたびに33分という数字を見る回数が激増し33について数霊の本を開き33を考える日々が増えました。

 

そこで私が思ったのは言霊学というのは心の様子とその操作だけではなく万物に対して代入できるようなものなのではないか?という視点を持つようになったのです。

 

例えば、スマートフォンは半母音のヲでありスマートフォンを扱う側の人は母音のオです。扱う側、扱われる側として配置することができます。

 

自分の人生、生き方がわからない今(2022.7/29日現在)生き方を模索している最中ではありますが言霊学は人としての生き方を教えてくれているとふと思ったのです。

 

ついでにと言ってはなんですが、いわゆるグレートリセットの最中で生き残る人の共通点についても考えるようになりました。

 

要は言霊学でいう天津菅麻音図と天津太祝詞音図が重要であるということは知っているつもりではありましたが、そこに数霊も足し言霊と数霊を交え人の生き方を考えはじめたわけです。すると様々な発見がありました。 

 

無垢って大事だな〜って話なんですが

 

天津太祝詞音図の図形をご覧ください。

(図形を貼る)

 

 

まず世界観の整理です。私たちは生を受け現象化した存在であることから私たちは客体である半母音の立場にあります。

 

現象化している存在なので現象子音を自分に充てることになります。現象子音は全てで33なので私自身、33という数字を充てることができます。面白いことに歯の本数は32本、背骨の数は33本や34本など数が現象子音と近いのです。

 

そしてそこで数霊33に注目します。

数霊33は"ム"が充てられています。

 

ここまでを整理すると私たちは

現象化した33の存在でありムの存在であり

光を認識する客体側の半母音に位置する存在であることがわかります。

 

ムというのは言霊学でいう半母音・客体側のアワナミの神であり目に見えない先天内部のイザナギ・イザナミの活動を受け後天界の現実において霊と体を結ぶ働きをもっています。

 

なのでムというのは客体・半母音であり霊・主体と繋がろうとします。

 

そして客体・半母音であるムの反対側に位置する霊・主体側はアワナギの神・クであります。

 

クは数霊で8を持っています。

 

さらにムとクを数字で語呂合わせをすると

ム・6---------ク・9

という配列になります。

 

これらを一度整理すると

ム(6)・客体側半母音・数霊33・陽・私

ク(9)・主体側母音・数霊8・陰・心

という関係性になります。

 

私たちは現象化した現象子音33であり

客体側であり光(陽)を認識する"ム"の存在

ではあるのですが、そのム・光(陽)・現象を

認識できるのは闇(陰・霊)の存在・ク・(数霊8+9-17)があるからです。

 

光があるから闇があるのではなく

闇があるから光が存在できるのです。

 

そしてその闇に敬意をはらい

陰陽の調和を図ることができる

最高の言葉があります。

 

それは「お陰様で」です。

 

この言葉は人間関係において

非常に大切な言葉であることは

ご存知だと思います。

 

他人と自分を繋ぐ…アとワを繋ぐ要素がある言葉です。

 

陰であり闇・霊に敬意をはらう姿はまさに

陰陽統合であり天津太祝詞音図の十理。

主客合一です。

 

この主客合一がなされるときを

数霊で表すと

客体ム・33+主体ク・8=41

数字の語呂合わせにすると

ムク-69の形になり69が統合されると

図のような螺旋的な型になります。

 

41という数字が浮き出てきます。

 

41は神、無垢、才能などの言葉が

秘められており41はラを持っています。

 

ラは霊の螺旋回転を意味し主客合一の観点からその様はまさにイザナギとイザナミの子生みを思い出させます。

 

陰陽統合…主客合一をクム為には

現象子音33の子であるムの私たちが

クである主・霊に対して氣づかねばならないという視点からムクになる必要があるということがわかります。

 

先程数霊41に秘められている言葉の中に"無垢"という言葉あった通り言霊も数霊もムク(69)な姿勢が大切であることがわかります。

 

無垢というのは煩悩から離れ、穢れのないこと、清浄なことなどの意味を持っています。

 

日月神示にもある通り無垢なる姿というのは"御霊磨き"に通じることで無垢なる姿になるためには自分を律する、戒める、道理を重んじるなどの要素が必要になります。

 

それは自分にス直になる、スに治すという面もあります。

 

このことから無垢(69)の奥にはスというものがあります。スは心の巣であるウオアエイのイエ(五重)でもあります。音の数でいうと六音です。

 

つまり主客合一した天津太祝詞・41の要素を

創りあげるためにスに治す必要がありスの1音とスの中にあるウオアエイの5音を合わせて6音

 

これらをあわせて41+6=47になります。

 

つまり天津太祝詞音図は47の要素を持ち

47で構成されるものが浮き出てきます。

 

ひふみ祝詞47音

いろは歌47音

日本の都道府県の数は47

などです。

 

また数霊47は玉、反転、夜明け、人

などの言葉が秘められています。

 

ここで重要なのは人は霊留(ヒト)と書かれるように人類ではありますが"人間"ではないということです。陰陽統合を成した存在であるということ。無垢であり自分を律し戒め、穢れをはらい、スになおした存在であるということがうかがえます。

 

簡単に云うと霊格が高い、低いというような世界観に関わってくるのではないかと思っています。

 

少しこれは番外編ではありますが根源的な6という存在から69(ロク・主客)に別れるような状態になることから似たような数式や紋章があります。

 

(三つ巴の写真を貼る)

根源的な6

主体9

客体6

 

アインシュタインの6-3=6

 

です。

 

三つ巴のマークは666だという話を聞いたことありますがよく見ると一つだけ9なのでは?と思いながらみていました。なので比率でいうと66:9であり、2:1で全体で3…ひふみだなと思いながらみていました。

 

またアインシュタインの方は6-3=6で-3は÷2と同じ意味合いがあることから6という存在に対して3が離れた(動いた・÷2という分離)ことにより6が生まれたという数式だと思いました。

 

6から2つの6が生まれた数式が

6-3=6。

 

6と6が大元の6から生まれたわけですが光と闇の要素…マイナスの電子とプラスの電子のような陰陽の関係から片方の6は反転し9になります。

 

三つ巴と似ていて66:9で2:1…全体で3になります。

 

そして6が反転し9になることで数式が反転します。

 

6+3=9

 

で、バランス…調和がとれます。

 

3というのは数霊で云うウであり

◉のアメノミナカヌシの神であり中今です。

 

この数式を言霊学に当て込んで考えると

6(ム・客体ワ)という客体の現象子音である私たちは

全体である3(ウ)中今を見渡すことによって

9という陰に氣づくことになる。

 

まさに6+3=9であり分離した陰の存在・霊にふれることになります。

 

その分離した存在は父韻と母音である父と母である親でもあります。そして私たちは現象"子"音なのです。

 

と、いうことで長々と話しましたが要は陰陽をクム(統合)には"無垢"(ムク)が必要であり

煩悩を清めはらい律することが自身のエデンとヱデン社会に必要になのではとふと思った…というお話でした。

 

ちなみに八挙剣である天津金木音図・赤玉音図は主体にふれることがないという性質を持っていることから自分の父母である宇宙…根源的なモノを認識しないのでそれを過度に回しすぎると縁起として身を滅ぼすことがわかりました。

 

光を発することができなくなった星のように…。

 

(天津金木の図を貼る)

 

こんな体験をしたのでその経験を共有して

終わりにしたいと思います。

 

ある日とてもイライラして私は体に悪い食べ物をドカ食いしました

 

その時私は自分を守りたいという自己愛の欲求の元、食べるという天津金木を大きくましていたわけですがその行動というのはたしかに一時的には欲を満たすことができ満足できたかもしれません。が、その代償として私は毒素を体に溜めたというわけなのです。

 

これはある意味、寿命を縮めた行為であり自分を確実に死へ近づけました。

 

しかしその瞬間は主体を欠いた行動をしていたので自分自身に対してエの次元の元の至上命令を出すことができなかったのです。

 

自分を律することができなかったゆえに死への縁起を早めたというわけです。

 

今回はこんな感じではありましたが勝手に身が滅んでいく縁起ってこんな流れなのか…と記憶することができました。

 

いろいろと有難いなと思えました。

 

と、いうことでお話を終わろうかなと思います。わかりづらかった所も多かったかもしれませんが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。

 

トホカミヱヒタメ

アイフヘモヲスシ