ゆきえと連絡を絶ってから三週間が経った。
それ以前から、僕は精神的に不安定な状態だった。
ひとつは、身内のごたごた。親戚が会社を倒産させてしまい、それに伴う金銭的な揉め事に巻き込まれて辟易していた。
ひとつは、祖母の不調。初孫として溺愛された僕は、祖母が入退院を繰り返し、何度も危篤に陥っていることでかなり疲れてしまっていた。
そして…
ゆきえとあの男の結婚が、いよいよ現実味を帯びてきていることにも、僕はやはりストレスを感じていたのだろう。
僕は、その不安定な状態をゆきえにさらけ出してしまっていた。
そしてゆきえ自身もそんな僕の状態に困っていることは、はっきり口にしていた。
思えばそのころから終わりは見えていたんだと思う。
だけどゆきえはそこでも優しさを見せてくれた。
だが…
僕はその存在を確認したわけではないのだが、ゆきえを中傷した内容という怪文書が、僕とゆきえの関係を終わりに誘うことになってしまった。
怪文書のことがゆきえの耳に届いた後、ゆきえから「私を貶めようとするやつがいるから、しばらく連絡は控えたい。あなたに迷惑がかかるから」というメールがきた。
ゆきえと僕の間には、特に世間に顔向けできないような関係はない。あくまでも友人として、メールをやり取りし、ごくたまに食事に出かける程度の関係だ。
もちろん、文書の内容にもよるが、メールまでやめる必要はないだろう?というのが正直な気持ちだ。
僕はそこで、不安定になってしまった。
後で聞かされたが、「上司や部下と夜な夜なデート」と書かれていたということで、それには僕も含まれているというのがゆきえの意見だったのだが…
今思えば、そのことと並行して、ゆきえとあの男の結婚は一気に進展していた。
怪文書のことは、二人の結婚を後押しする結果になったのだろうが、僕にとっては、非常に不愉快な事件だとしか言えない。
僕は何度か、ゆきえにストレスをぶつけるメールを送った。
正直、僕はゆきえのプライベートな部分をかなり知っている側の人間だ。と同時に、横恋慕してもおかしくない立場にいる人間でもある。
嫉妬は正直ある。あるが、これは自ら望んだ結果でもある。
ゆきえを抱いても良かったが、抱かないほうが彼女の幸福につながると思っていたし、今もそうだ。
でも、男としての僕には、やはり何度も誘われていながら手を出さなかったことへの後悔はある。
実際、ゆきえがあの男と関係し始めたころも、そして結婚が見えてきたころも、僕はストレスを抱えてしまった。
疑われても仕方がない。
最後までゆきえはそのことには言及しなかった。
少なくとも俺のことは疑っていないとは言ってくれていない。
連絡途絶えた今なら、逆に「あなたがやったと思っている」くらい言ってくれたほうがありがたかった。
彼女に何度かのメールを送った後、彼女から終わりにしたいというメールが届いた。
僕は受け入れるしかない状態だった。
僕はお願いした。
連絡取れなくなるのなら、いっそ僕をはっきりと否定してほしい。そうすることで、僕ははっきりと諦めるしかないと思い知らせてほしい。
情けないメールだ。今思い返しても。
だけど、そうするしか、その時は考えが出なかった。
だけど…
ゆきえの返事は、鬼にも悪女にもなりきれない内容だった。
嫌いにはなれない。
だけど離れることはできる。
結婚を控えて、彼氏以上に心許した男といつまでも関係を続けることはできない。
私はプロポーズされました。
私は彼についていくことを決めました。
私は彼が好きです。
これが返事です。
僕は受け入れた。
それは願っていたことでもあるから…
受け入れ難いことでもあったが、ゆきえが幸福な結婚をするためには必要なことなのだと…
以来、仕事の場面でも、彼女は僕に目を合わせてくれなくなった。
電話や会話でも、彼女は僕に感情を見せなくなった。
友達じゃなかったのか?
ゆきえにとって、僕は「男」だったから、こうなのか?
怪文書の主は僕だと言われたほうがどんなにすっきりしたことだろう。
友達になりきれなかったのは、僕だけじゃなくてゆきえもなのか?
苦しんで悩んで、いろんなことで自分を治めて…
そうして、ふと、彼女の体調の変化に気付いた。
僕はそのことをメールした。
短い返事が来た。
うれしかった。
舞い上がった。
そして、もう少し踏み込んだメールを、今日送ってみた。
返事はなかった。
連絡を取らない。
ルールを破ったのは僕だ。
だけど、返事をもらった僕は、舞い上がった分、そのあと返事が来ないことに耐え難い思いでいる。
ゆきえは、今、何を感じているのだろう?
彼女も我慢しているのだろうか?
それとも鬱陶しく思っているのだろうか?
見えない、わからない、知りたい。
眠れない夜が、今日も続く。