子供とお出かけ、いつ振りだろ?
早いものでもう来週から幼稚園。生まれてからこれまで、震災で避難させて離れ離れの3ヵ月間を除いては、朝から晩までずっと一緒だった。それがもう幼稚園。平日の昼間はいなくなる。
仕事中に仕事部屋の入口の前でギャン泣きされたことも有る。
ギャン泣きされ抱っこをせがまれ、その最中に取引先から電話を受け、謝りながら電話をしたことも有る。
風呂入れの最中に電話を受けたことも有る。
耳鼻科に毎日通わなくてはいけない時には、いろいろ理由をつけ夜仕事を毎日したことも有る。
いまでは一著前にパパが説教されるようになった。自分がやってはいけないと言われたことをパパがすると、なぜ自分はいけなくてパパは良いんだと問う。
自分も子供の頃は同じことを思っていたな、と思う。
子供はよく見ている。子供の教育って、何もしなくても言わなくても、親の姿が教育なのかもしれないなと感じる。子供は親の背中を見て育つと、今になって本当の意味を知った。
そんなこんなのドタバタ4年が過ぎようとしている。もう少しで4歳。
幼稚園、、、静かにはなるが、寂しいのは正直なところ。ずっと手元においておきたいのは正直なところだが、そうも行かない。
うちは、おそらく、親離れよりも子離れが難しいな。歳をくってからの子供は可愛ゆすぎる。
それにしてもさ、私の時代は幼稚園は1年間。
2年保育や、保育園などは家に事情のある家庭のものだった。3年保育なんてのはごくまれにしかなかったし、可哀そうにしか思えなかった。
今は3年が当たり前。生まれて半年で保育園に預けてママが仕事するってのもよくある話だそうで、時代が変わったのか?
私の世代では、可哀そうとしか思えないんだけれども、どうなのかな?
自分の場合は特にね、子達が生まれた時から自宅仕事だったから、ちょっと義理の母の家に遊びに行くって言うだけで寂しい。被災後の3ヵ月は正直子供の事ばかり考える毎日で、思い出したくもない暗い3ヵ月だった。
毎週の福島-埼玉の車往復は、体はきつかったけど、全く苦ではなかった。
戻る時の寂しさと言ったら表現できない。
生意気で自分勝手でマイペースで言う事をまったく聞かない、親の顔を見てみたいと言われる子供になっちゃったけど、心は優しい子に育ったと思う。喜怒哀楽をちゃんと表現できる子になったと思う。
それだけで十分満足。あとはやりたいことを自由にやらせてあげたい。それだけの器量を持つ親でありたい。なんでも応援してあげられる器量を持っていたい。
自分は何をやるにも反対される時代に育った。
でも曲げなかった。結局それで生活することは出来なかったけど、田舎にの残してある老いた両親にいまだに言われるけども、「あの時にギターなんて買い与えなかったら・・・」と。
今になって表現する手段として大事なものとなっている。
普通のこれくらいの子達の年のお父さんと比べたら、かなり先は短い。
成人するまで働けるのか不安に陥ることも有る。
しかし、その時はその時、今は精一杯の事と、自分の表現手段で世の中の小市民の考え方を少しでも変えられるよう、間違ったことは勇気をもって間違っていると言える世の中に出来るよう努力していきたい。
・・・そんなことをぼ~~っと考えながら、風邪っぴき家族とお気に入りの私の散歩道、ホームセンターへ散歩。
ペットコーナーもあって、キラキラした目で動物を眺める子達を見て心が休まった今日でした。
で、先日のバンド練習時のメンバーの風邪にも、家族全員の風邪にもめげずに、風邪を移されることなく今まで来たんだけれども、今日の散歩後、昼飯のあと、こたつでうたた寝。
やってしまいました、、、、、今になって風邪っぽい。。。
油断したァ~~~~~
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