私は高校卒業後、元国営企業に就職することができた
当時私生活では男性的な生活をしていたし、健康診断のカウンセリング時や
担当の人事との面談の時にそれとなく「男性用の制服を」とは伝えていたのだが
それとなくではやはり伝わらないもので、支給された制服を見てやはり衝撃を受けた
丸い帽子!スラックスでもストッキングは必須でしかも研修中に化粧の講義があるだと!?
その後も何度か訴えてみると、一ヶ月の研修中は丸い帽子、女子寮で過ごすことになったが
研修後の配属先では男性用の制服、男性用トイレの使用許可が出たものの、ひとつのミッションを与えられた
それは、同期40人と上司の前で「自分は性同一性障害であるため男性用の制服を着用し男性用のトイレを使用させていただきます」と研修の一コマで説明をするよう求められたのだ
普段からピエロのようにおどけている僕はまずは一発ギャグをして笑いをとり
なんとか和やかな雰囲気でやり過ごすことが出来たのだが、七年経つ今でもあの時のことはいまだに忘れられない
先輩達には「こういう人物がいる」ということだけ伝えられただけのようで、最初は詮索する人こそいなかったものの
うわさとはあっという間に広がるもので、配属一ヶ月後には「君がそうなんだって?」と言われるようになり、僕は「歩くネタ」になった。
ちなみに、男性社員の中には可愛がってくれる人もいたw
また寮や仮眠室、更衣室は女性用だったが、寮に住む社員全員には「○号室の○さんはこういう障害を持っているが普通に接してあげてください」と説明をしたと後に人事から言われた。
そして、他の支社でも同じFTMの人間がいたが、そいつは毎日泣いていたとも伝えられたが、
それを聞いたところで「いや、てめーらがこういう扱いするからだろボケ」としか思えないのだが
贅沢は言ってられないので、早く貯金してSRSして誰にも文句言わせないようにしよう。とそのときは思っていた
しかし配属されてほんの数ヶ月で過酷な夜勤形態、乗客からの暴力、上記のストレスが重なり
出勤不能、退職することとなった。同期40人のうち5人ぐらい退職してたと思う
これが、初めての就職であった
そして僕は考えたんだ。改名してから再就職しよう、と。
どうでもいいことだが先述の「初めてのストッキング着用」は、股の部分に指があたったときに「ポッ」ときれいな音がして裂けた。実にとても貴重な体験と音だった。ポッってなんだよポッって。
