韓国メディアによると、1年間に50万~250万頭が消費されるという。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「犬の食用禁止を慎重に検討するときが来たのではないか」と発言したことで、激しい論争が勃発している。
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/211010/for2110100001-n1.html
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犬食文化はアジアで常識
朝鮮半島の犬食文化は、新石器時代から続くという。犬食文化は韓国だけではなく、中華人民共和国、東南アジアでも内臓を除去した犬肉が販売されている。

店頭に並んでいる肉を指さし、友達があれは何の肉かと聞いたので豚と答えたら、違う犬だと言う。確かに皮をむかれた顔も尻尾も、よく見ると犬だったのでビックリしたことがあった。世界で食用目的にされている犬は、1年間で約2,000万~3,000万頭だそうです。

中国の新石器時代の遺跡からも、飼育していた食用犬の骨が大量に出土している。黄河流域にも長江流域にも犬食文化は古代から存在した。

南北米大陸と欧州

北米・中南米の原住民も食べている。ヨーロッパでも古代ギリシャ・ローマにおいて常食されていたが、イギリス貴族や牧畜民は犬食に嫌悪していた。ドイツにも犬肉屋が存在したが、1986年以降は流通が全面禁止になっている。スイスではドイツ語圏の農民が主に現在も食べている。

 

犬食文化と日本人

縄文・弥生・江戸・戦後
日本列島では、縄文時代早期から縄文犬と呼ばれるイヌが出現し猟犬として飼育され、死後は丁重に埋葬された。ところが近年茨城県麻生町、岩手県の蛸ノ浦貝塚などから食料とされた犬骨が出土していることから少数食用にもされていたようだ。

弥生時代は犬の骨格の出土例の報告が多くなることから、大陸からの渡来人が弥生犬と共に犬食文化を持ち込んだと考えられる。江戸時代に入ると、犬食は武士階級では禁止されたが、庶民や武家の奉公人には食されていた。
 
宣教師ルイス・フロイスの『日欧文化比較』には「ヨーロッパ人は牝鶏や鶉・パイ・プラモンジュなどを好む。日本人は野犬や鶴・大猿・猫・生の海藻などをよろこぶ」とあり、また 「われわれは犬は食べないで、牛を食べる。彼らは牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」という記述がある。
 
明石城武家屋敷跡内のゴミの穴からは刃物による傷のある犬の骨が、岡山城発掘時には食肉獣の骨の中に混じって犬の骨も出土しており、食用であったと推測される。
 
鹿児島にはエノコロメシ(犬ころ飯)という犬の腹を割いて内臓を抜き、米を入れ蒸し焼きにする料理法が伝わっていた。愛知県などでは戦後もしばらくの間、消耗性疾患などの栄養補給を目的として行商などによって販売されていた。アイヌも狩りだけでなく、食糧、被服の材料に使用していたがいつごろから始まった文化か不明である。
 
現在の日本
食用犬肉は現在でも輸入されており、主に中国・朝鮮系の移民を中心に需要があり、大久保・御徒町・猪飼野などのコリアン・タウン、池袋などの中国人が集まるチャイナタウン、アジア料理店で提供されているそうです。
 
アジアでは珍しく、一般日本人は犬食を嫌悪する、何故?
アジアでは常識の犬食文化を一般日本人は嫌悪する。この感覚の違いは、いつどこからやって来たのか。
 
犬食を嫌悪するのは日本人だけではない。狩猟や遊牧を主たる生業とする北方民族は、犬を狩猟犬として、或いは家族や家畜群を外敵から守る番犬として飼っており、犬肉を食べない。鉄器の武器がなかった縄文時代の狩猟に活躍した犬は、家族のように大事にされ葬られたであろう。

縄文人も弥生人も、南方と朝鮮半島から渡来したとする説が主流になっているが、私はこの説を受け入れない。縄文人の主流は北方系であり日本人独特の味覚、犬肉は食べないが生魚(刺し身)は食べる。日本語はアルタイ諸言語である・・・など北方系民族との類似点が多い。

日本列島が朝鮮半島から分離した後、北海道は縄文時代になってもしばらく陸続きで、分離してからも冬季には流氷で陸続きの時代が続いた。カラフトが半島ではなく、島だと日本人が知ったのは江戸時代末期、間宮林蔵が間宮海峡を発見した後です。

日本文化の原点、自然との共生、自然崇拝、他人への思いやり、食感、言語を構築したのは縄文人であった。そこへ弥生時代になり、中国と半島から弥生人が侵略してきた。

中国・朝鮮半島・台湾・ベトナム・フィリピン・・・南方の国々は古代から現在も犬食は常識、だが日本では一時犬食が広がったが根づかなかった。現在の犬肉売買とレストランも日本人が客ではない。ぜひ全面禁止にして欲しいものです。
 
PS:縄文人がすべて北方系というのではなく、日本人独特の味覚、日本語、自然を大事にするなどの国民性は北方系民族と類似すると言う意味です。