パースは真夏ですが、

日の出の時間が少しずつ

遅くなり

霧が出ることも

秋が近づいてますねぇ




最近、親子留学のことで

メッセージをいただき

こんなポンコツなブログを

読んでくださる方もいるんだなぁ

と感謝しながら




そうだ、私は親子留学で

オーストラリアに、

パースに来たんだと思い出し



親子留学前編振り返えってみました

(前編で終了し、「帰国」

と「後編」が書かれていないことに

気づいた💦)



初めての方の為に簡単に流れを


(前編)

2009-2012の3年間

息子が8-11歳の時期に

親子でパースへ留学





(帰国)

その後、4年間日本へ戻り



(後編)

再度、パースへ親子留学

息子は高校1年生の年

私立のHigh schoolへ



現在は、永住権を取得し

息子はアメリカの大学へ

私はパース在住

息子も永住者なので

大学終了後は

オーストラリアへ戻る予定



前編と言っても

2009年と今から

10年以上前の話




前編

3年間親子留学してよかったこと



1、


I love you 、大好きだよと

たくさん息子を抱きしめて育てることができた



2、


言語が違うこと、食べる物が違うこと、

肌の色や考え方が違うことを

幼い頃から学ばせることができた




3、


息子は、自分の感じたことや気持ちを

ストレートに言えるようになった

(日本の学校に戻った際には、

物事をはっきり言いすぎて

相手の気持ちを配慮できないって

評価だったけど💦)


4、何より私が楽しんだ




反省点



1、英語習得に必死で、

日本語が学習が疎かになった

この2言語をやらせる大変さ

いやぁ、本当に大変です




2、 3年間だけでは、

帰国子女として期待される

十分な英語力が備わらなかった

(英語ゼロで渡豪、

小学校5年生で英検2級に

スレスレ合格する程度)




3、同時に日本語と学習の遅れ

4、帰国後、逆カルチャーショックに

落ち入り、登校拒否を起こした

ぐらいオーストラリアでの生活は

楽しかった




5、*VISAの問題

親がガーディアンVISAを保持できるのは

最長で6年

学生VISAにしても、

何年も語学学校に行くことができない

語学学校→専門学校→大学と

関連性のある学科であって

Institution levelをあげなければいけない



専門学校で学び、また語学学校に戻り

ウダウダお気楽に

ビザを更新することが

今はできなくなっている



当時、34歳だった私は

30歳すぎて大学に行くなんてと

最初から大学に行くことを

諦めてしまい


Diploma of business どまり


最初から

大学を目指せばよかった!!!





6、子育てしながら、学生になり

尚且つ、生活をサポートできる

財力が必要だった


お金もたくさん使いましたよ



子供を家に残して

アルバイトもできなかったしね




、と反省点の方が目につく

そう、

結局3年なんてあっという間



広い家に、青い空と海、

周りの目を気にすることもなく

伸び伸びとした生活




長年の夢が叶った私の留学、

役職ある日本での仕事を

辞めても後悔するこもなく

オーストラリア人のパートナーと

同棲、婚約をし、

学生ビザから

パートナービザを申請した

ばかりだった



息子はオーストラリアの学校、

友達、テニスと

オーストラリアの生活に

とても馴染んでいた



ずっとこれから

オーストラリアにいれる

日本語忘れちゃっても

もう仕方ないかぁ

なんて思ってた矢先



まさかの日本帰国となるのです




長くなるので

続きは次回に



親子留学前編↓↓↓