地震をきっかけに


2年前くらいにメールしてた人からメールがきた。


「大丈夫だった?」


2年も前だったから、


最初なんだ?このメール。。


と思った。


でももう私の記憶&メモリからは消去されていたため、


再度思い起こした。


思いやりのある人なのか。


それとも、ぽっと思い出したからメールをくれたのか。


よくわからず。


その後はメールは続かない。


だからきっと


純粋に


大丈夫なのか知りたくなったんだなと思った。

自分は、


つらいと


人に言えません。


人はつらいと言って、環境を変えてもらえたり、


扱いをかえてもらえる。


それをうらやんでる訳ではないのかな。


わたしだって辛くても、やっているのに、


反動が私の環境を辛くするのに、


結局、


そう。



3年目病棟にいるかわからない。


どうしようか。


まじなやむ。




2010年度を振り返る。



4月

・学校の隣の病院に入職して、循環器内科/心臓血管外科に配属となった。

・患者さんいきなり3人受け持たされる。先輩と一緒だったけど、初めてのことで

きつかった。


5月

・5-6人の受け持ちと日々繰り返される先輩からの叱咤。勉強したいけど

体力的に無理だった。


6月

・あと1ヶ月で1人立ちをしなくてはいけないというプレッシャーにより心が病んでいった。


7月ー9月

・看ているところが違う、看れてないということを言われる。ほぼ毎日なく、ないていた。


10月

・先輩から人格否定をされる。泣くという毎日の日課ができた。

・夜勤の時、病棟の廊下でいきなり泣き出してしまう。

・恩師に会いに行く。1年で辞めてもいいんじゃない?と言われるが、もう来年までやるという書類を

出してしまった後だった。3年いなくていいと気楽に考えられるようになった。

・夜勤前に駅で泣きまくる。


11月-12月

・セントジョンズワートを内服し始めた。なんとなく重い気持ちがはれた気がした。

・夜勤の勤務中「不安だったりすること言っていいからね」と暖かいお言葉をもらう。


1月-

・毎日泣いてたときのことを思い出と語れるようになる。

・次の働く病院や留学を考え始める。