オーストラリアの大規模火災
何という新年@オーストラリアと言うのが今の気持ち
結果から言うと
今逃げないと逃げ道が封鎖されますよと
避難警告をPolice officer やFirefighters から受けたものの
すんでのところで風向きが変わり
火災本体はもちろん火の粉を被ることなくすみ
全て無事でした
それでも断続的に
燃えて真っ黒な葉がゆらゆらと降ってきているので火災経験のない私は
不安でいっぱい
風向きが変わった先にも
沢山の人、住宅そして
美しい森や動物たちが居るので
心が痛みます
火災が始り、2度目の
最悪の日と予想されてた4日(土曜日)に日本より帰国した私達
正午に自宅に着くなり
家を守るそして逃げる準備を始めました。
火が来そうなのは夜、あまり時間がありません
主人は火災対策で家の周りの準備
私は避難用品の準備
持ち出しのリストは帰りの飛行機の中で作りました
外の気温は40度を超え
主人も私も汗だく、
予想では6時過ぎに風向きが変わると分かっていても
5時には避難勧告を受け
隣人は次々に避難し始め
うちの通りは3軒を残してほぼ避難
主人に避難しようと説得するも
過去に火災関係の仕事経験がある彼は
情報を分析した上で
残って家を守ると決め
家を守る手段を次々と実行
屋根ののトイにみずを張る
家の周りから全てのものを遠ざける
家が乾く事のないように継続的に水を巻く
隣近所の点検、裏の林の点検
夜中まで作業を続けました
7時頃、風向きが変わったにもかかわらず突然空がオレンジになり
強風が吹き始め、家の中にいても煙で息が苦しいとなるとさらに不安になり、主人に逃げようと言うけど
「君が逃げたいなら逃げて良いんだよ、僕は大丈夫」
小さな子供でもいれば逃げてました
そこで主人の兄に説得してもらおうと電話
「あいつが決めたなら、相当の自信があっての事。俺には止められない。君は逃げて良いんだよ」
本当に兄弟だけあり考えが一緒
覚悟を決めて、主人に残る事を告げ
一晩、二人で交互に睡眠を取りながら家の外を、火の粉を監視していました
火は私達の方へは来ずに
反対側の山を駆け上がり
驚くスピードで山の街へ
反対側へ行ったと言っても
鎮火した訳ではなく警戒は必要
荷造りしたスーツケースもそのまま
家にいくらものがあっても
持ち出せるものはごくわずか
最低限の衣類と食料、水
厳選した写真等、pc、
貴重品や重要書類
本当に持ち出せるのはわずか
落ち着いた今は
少し身の回りの整理をしなくてはと感じています
本当に必要な物とは何だろうと
ほぼここでの知り合いの全員が
火災の影響、脅威にさらされており
心から心配です
既に何週間も
火災と闘っていてくださる
Firefightersの無事と
火事に遭われた方、まだまだ不安な方々の無事を祈っています


