もっぱら悩むテーマです。
留学にきたかったのはずーっとずーーーっとまえから思ってたことで
I'm living in my dream at the moment.とでも言えます。
7年前に留学プランを立てたとき、全てを否定されて
どうしようか困った。
その歳なりに夢は持ってたし、きっとそれがやりたかった。
5年前に留学プランをもう一度実行しようとしたときは、父に裏切られた。
唯一理解してくれるスタンスでいてた母も、ワタシのプランを心の中では馬鹿にしてたらしい。
留学斡旋会社の人にも話をしにいったけど、その人すら理解してくれなかった。
だれも理解してくれなくてかなしかった。
どうしようもなかった。
私自身、理解してもらえるだけの説得力もなかった。
20歳になるまでは、親に見放されないように生きようっていうスタンスをくずせなくて
あきらめた。
あきらめるしかなかった?
かもしれない。
高校3年のときに一人でパースに旅行に行ったのも、その悔しかったっていう気持ちの反動が大きかったな。
卒業できるってなってたのに、嬉しいとかそんな気持ちよりもどっか飛んでしまいたい気持ちの方が大きすぎてた。
だから日本から離れたとたんに糸が切れて、パースにいる友達と教会に行ったときはただひたすら泣いてた。
そんなに英語ができた訳でもなかったのに、妙にいろいろ理解できて、言葉がこゝろと体に入ってきてどうしよもなかったな。
海外で学士を目指せないってなったとき、どうしようもなかった。
一応うやむやな気持ちの中でも行きたいと思える日本国内の大学をみつけて、
だけど、一校だけしか受けないのに余裕ぶって高3の夏からバイト始めて
受験前日までスラムダンクばっかり読んで
入試は当然合格できるもんって思ってたし、結果も良かった。
全てを高3の12月までに終わらせて、1月の最終登校日の夜にそのまま飛行機にのって行っちゃった。
鬼のようにバイトすることで気を紛らわせてた。
高校3年間、おもいっきり楽しもうと突っ走ってたのに、約束してた海外留学が果たせずっていうのに全然納得できなくて
最初からそうなるんだったら、最初から海外に行かせる気がなかったんだったら、変に期待持たせずにいさせてほしかった。
周りには明るい私でいてたけど、毎日しんどかったなー。
卒業式で泣いてたのも、自分だけだったし。
周りはすごい楽しそうに高校卒業していってた。
自分も嬉しかった訳じゃないけど、”こうしたい”現実と”こうなった”現実のギャップが埋めれなくて気持ちの整理が大変だった。
それに友達とはなれるのもすっごいさみしかった。
特に、部活の友達たち。
部活は毎日ハードすぎて、でも、みんなでドSな練習にドMに立ち向かって、練習きっつい分だけ絆も深まって
初めて、なんか、自分の存在価値というか居場所を見つけたというか
自分を認めてくれる仲間に出会えた気がしてすごくすごく嬉しかった。
途中で肩を悪くして通常の練習メニューをこなせなくなったときは、怪我のことを理解してもらえなくてつらいときもあったけど
それも気持ちで乗り切って、自分だけが自分のことをちゃんと理解してあげてればそれでいいって思いながら
周りと自分の距離を縮めていけるようにモチベーションあげて、何かと取り組んでた。
日々がすぎていくことを、ただ流れにそって進んでいく生活じゃなくて、自分で自分を前に持っていく生活をしてた。
あのときのワタシ、どこにおいてきたんだろう。
大学に入った最初は、すごくトゲのあるひとだったらしい。
まーーー、知らない人ばっかりだし女子大だし私立だし地元からはなれた場所だしetc・・・で、初めてのことばっかりだったから。
”こんなとこにいるはずじゃない”
って
気持ちも
捨てきれてなかったからなんだろうかね。
海外で勉強した経験がなかったっていうのも、若干プレッシャーに感じてたから周りのコたちに負けたくないって言うのもあったし。
そんなスタートだったから、卒業して数年経つ今でも女学院生活の充実ぶりには
自分でも、じぶんすごかったなーって思える。
逆を言ってしまえば、
短期大学だったから、2年後ゼッタイに留学に行ってやるんだって気持ちが強すぎて
だから、日本にいる間の大学生活をできる限り内要濃く色鮮やかに染めてやるっていう気持ちでいっぱいだった。
でもいつも引っかかってたのは
”両親を納得させられるだけの理由をもたないと、海外には飛べない”ってこと。
そればっかりがどうもいつも気がかりで
いつも何か新しいことに挑戦することで、留学先での専攻する内容を見つけれないかともがいてた。
多分、てかきっと
今に満足できなさすぎてるから、あのときやりたい専攻内容で留学に出させてくれなかったことを恨んでるんだと思う。
留学に出させることを、うやむやにしようとしてた父のこともいつまでも許せなくて、だから余計にあいつの稼ぎにもまったく価値を感じないんだと思う。
いろんなめんどい気持ちが渦巻き過ぎだわ。
幼いときからお父さんにかまってほしくて、知恵を絞っていたわたしがいて
歳を重ねるにつれて、それも自然となくなっていってたかなーって考えていた時期もあったけどけど
いまとなって思い返すと、いろんな無意識の態度の中に、やっぱり自分に興味を持ってもらいたいと思って試行錯誤してたワタシがいつもいてた。
今回の留学も、まぎれもなくそう。
その試行錯誤の一部。
約束を守ってもらいたかったのと、お金を工面し続けることでワタシを忘れてほしくない気持ち。
ワタシ/娘の学費を出す=親として、ワタシはやっぱり大事な娘なんだって感じたかった。
だけど、私が考えている以上にお父さんはシリアスでもなんでもない。
すべては、ただの私のエゴ。
このあいだのいとこからの一言で、
やっぱりどんなに足掻いてもワタシと兄には視線は注いでもらえないってことがわかって
それで、やーっと、糸が切れた感じ。
もういいやぁーって。
もう、
いいねんって。
なんか妙に吹っ切れて、
そしたら、なんで今ここに自分がいるのかわからんくなった。
留学にでることは達成。
それで、目標達成ではないのかなって。
ありがたくも四年制大学まで出させてくれる親たちだから、海外の大学で学士をとらせてもらうことができるってなったけど
それも、別にいいのかなって。
昔は、学士をとることが当たり前だとおもってたから
自分が短大を卒業することに最初は疑問も感じたけど
2年で卒業できて、高校卒から2年後にまた選択肢が出てくることに魅力を感じて突き進んでた。
その2年後の選択時に海外へ行くって決めたのは ワタシ。
そのときに、ある程度納得してもらえるコースを見つけてきたのも ワタシ。
勉強が嫌になりすぎて、コース変更も早い時期から可能だったのに変に意地張ってあきらめずにずるずるひっぱてきたのも ワタシ。
パースへの転校も可能だったのに、行かなかったのも ワタシ。
大事な決断ばかりできないできて、足踏みばっかり。
2008年8月から今までの総引っ越し回数、9回。
三度目の正直なんて諺、通用しないね。
足踏みすることは別に悪いことじゃないってわかってる。
けど
今はこのまま進んでいっていいのか、わからなさすぎる。
勉強だけが嫌になってるんじゃない
生活だって、やっと落ち着いて住める場所にたどり着いたし
学位だって、結局は自分のためになるんだから諦めないでいたい
そう考える反面、
学位にばっかりとらわれて、何も進めてない自分がすごくいやで
父親からの解放は、自立しかないとはっきりわかって
日本に帰ってからも仕事がないって嘆くようなことはないっていう妙な自信がある。
働くことだけがゴールじゃなくて、自分で生きていくって行くことをどうしても始めたくて仕方がない。
結局は、学校に行く意味と意義を見いだせなくなったんだよ。
だから、もうおしまいなんだと思う。
すごい頑張ったとは言えない2年間だったけど
自分を苦しめることだけは十分すぎる位してきたと思う。
だから、もういいんだよ。って思ってしまって仕方がない。
今のコースで6セメも行ってる時点で、なにやってんだかって気もする。
自信喪失ぎみだし。
自分は自分でいたいっていつも考えるくせに
これしたらあの人に認めてもらえないんじゃないか、とか
この発言、あの人は好きじゃないんだろうなとか
自分基準で物事考えれてない
留学生だれしも苦難がない訳ではないしみんなそれなりに壁を乗り越えて生活してるのはすごくわかる。
互いを励まし合いながら勉強し続けてるのも、すごく支えになることだと思う。
なんか
ただ自信がないだけなのかもしれない。
自信に満ちあふれるワタシはもうどっかいってる
とりもどしたいワタシは、日本にしかいないわけじゃないんだろうけど
ここでのワタシは、なんにもない。なんでもない。
自分を嫌いになっていく環境に、いつまでも自分を置いておくのが嫌すぎる。
今を乗り越えることが、大事なことなのかもしれないって想いもあるけど
ちょーーーーーっと
いっぱいいっぱい。
そのうち、何ヶ月か後にこのブログ読み返したときに笑っていられればそれで良いんだけどなー
きっとどうにかなってんだろうけど
さー。
今の自分を犠牲にしてまで、学位を取ることがそんなに重要とは思えなさすぎる。