「しっかりせよ紋別市役所」
行政運営に市民は不安
ここ数年で露呈した機能不全
報道者として紋別を見続けて58年。完全引退の時期に来た今、脳裏を行き来する疑念ー。それは「紋別市役所に、果たして紋別市の行政を任せられるのかどうか?」という、本来は有り得ない、そんな疑問である。そう思う根源は、ここ数年程の短い間に起こった信じがたい市役所行政の堕落に在る。
公正公平をかなぐり捨てた姿
良し悪しの判断さえ出来ない体質
地域振興の目的で計画された「避暑地化構想」。事業を具体化させるための、プロポーザル方式で行われた業務の受注契約は、当初は市が「不適格」と除外した同じ企業に、市役所の悪知恵を結集して契約に至った。つまり、公平公正であるべき行政が、他の企業が参入できないよう手練手管を用いて(しかも幼稚な)一社に加担した事実。担当した理事者、職員の中にはその手法に疑問を感じながらも、問い質せば上から叱責が返って来る。いつの間にかズルズルと不正に引きずり込まれて行った。そんな環境の中、市幹部の贈収賄事件も発生した。その後設置された不正事案にメスを入れる検証委員会は、あまりにデタラメな遣り方を厳しく指摘している。
市長のお墨付きを得た
一人の男にかき回される
紋別空港の利用促進にからむ、エージェント対策費等をめぐる約5億円とも言われる使途不明金。何故こんな摩訶不思議な現象が起きたのか。宮川市長は東京ー紋別便の存続のため、藁(わら)にも縋(すが)る思いで、元市の企画監・紋別観光振興公社副社長の中島和彦氏(元大手旅行会社HIS幹部)のキャリアーに頼り、その結果、市長のお墨付きを得た中島氏が強い言動で先導した。その中から使途不明金が発生し、巨費が何に使われたか未だに霧の中。市民の不信感は増幅する一方だ。現在、市議会に設置された「百条委員会」で避暑地化構想、空港利用促進にからむ不正事案について、各種資料を基に証人喚問等で暗闇にひそむ真実を明るみに出そうとしている。法的拘束力を持つ百条委員会で市役所の組織ぐるみで行われた行政の暗部を、余すところなく市民の前に明示する事が求められている。
事の重大さを認識せず
外資の鴻之舞地区の試掘に“同意”
かつての黄金郷・鴻之舞金山をめぐって、外国企業が、再度金鉱山の開発を計画している。不安定な国際環境を反映し、金価格が急騰している昨今、オーストラリアとカナダの企業合わせて5社が国内42カ所で金、銀などの地下資源の再開発を模索。鴻之舞地区もその中の一つだ。この試掘申請に対し、市は漁協や地域住民に相談する事なく、通産局に「条件付き同意」を示した。その後市議会で「万が一鉱害が発生した場合、オホーツクは元より日本の水産は取り返しのつかない壊滅的な影響を受ける」と絶対反対の強い反対意見が出され、市はその場で軽率さを認め、経産局と協議。昨年の10月「不同意」に切り替え、今後に備えた。しかし問題の根は深い。市は「同意」の回答をする前に、市役所の全ての部・課に外資による試掘申請への意見を求めたが、どこからも試掘に反対する意見はなかった。つまり紋別市役所は、事の重大さを認識しないまま、浅はかにも「同意」の回答を出した。
7年前にも市独自で「同意」
小向、沼の上など今も登記の効力続く
試掘対象は東京ドーム1450個分の広大さ
この軽率な判断は、驚く事に平成29年にも実行された。この年、外資から金試掘の申請のあった鴻之舞から八十士、小向、沼の上方面の、広さ3万4千百アール(東京ドーム約1450個分)の鉱区について、紋別市役所は市独自の判断で同意回答を行い、令和2年に試掘登録が成された。しかもこの鉱区内を流れるシマララギ、上藻別川は営農用水用の川だ。市は「営農用水までは考えていなかった」と、思慮の浅さを市議会で認め、市長は「軽率な失態」と陳謝している。この登記は令和8年まで効力を持ち、現在もいつ試掘、発掘に進むか、その危険性が残っている。
市の猛省、筋の通った行政運営を
紋別の「明日」が不安だ
市民の命の水に対し余りにも無神経で、軽率な判断と言わざるを得ない。「“紋別市役所はどこの市役所ですか”“思考回路の途切れた、判断不能の市役所が、今更市民に問う必要はない”という独善的な考えをお持ちですか?」と、問いたい。こんな事が続けば、市民は紋別市の行政運営に疑問符を持たざるを得ない。相次ぐ不祥事で市への信頼は失墜し、市民は「思考停止をしている」「機能不全に陥った無責任行政だ」と、今後の市の行政運営を“任せられない”とさえ思っている。このままでは紋別市の今後が心配だ。市役所理事者、職員の猛省と、各種課題に向けての勉強、深い思考による行政運営を強く求めたい。
市議よ、「公約」を活動の“ど真ん中”に
原点を忘れる違反をしてませんか?
紋別市議会議員に望む事。それは「選良として誠実であれ」ということ。「誠実にやってるよ。今更言われる事などない」と反論する方も居るだろう。しかし、人間は自己に甘いものだ。よーく胸に手を当てて考えて欲しい。
立候補の時「選挙公報」で
何を公約しましたか?
市議会議員選挙に立候補する際、選挙管理委員会が発行する「選挙公報」で、自分が何を言ったか、つまり市民に何を公約したか、振り返って貰いたい。私は令和4年(現市議が立候補した年)の選挙公報を手に取りじっくり拝見するにつけ、悲しくなる程、公約が議員活動に反映されていないように思う。選挙公報の役目は何か。それは立候補者が「当選した暁には“この公約を市議活動の真ん中に置き、働きます”」という市民への真摯な約束だ。市民は立候補者から宣言された約束を読んで、一票を行使するのである。だから市議に当選し、議会活動を行う際、自分が約束した公約をそのど真ん中に据えなければならない。それを忘れたとしたら、市民に対しての公約違反であり、舌先三寸で当選を勝ち得た、無責任市議と言わなければならない。
当選したある議員が、こんな事を言っていた。「立候補する気はなかった。強い後押しがあったから立候補する事になった。そして選挙公約が必要となったが、何を公約すれば良いのか、考えが浮かばなかった」-と。これはこの市議が多くの前で笑顔で語った事実である。それを聴いて私は唖然とした。地方自治法の市議の責任という項目に、こう記してある。
「市民の代表として、市民の声を市政に反映させる重い責任を自覚する事」
当たり前の事が書かれてあるけれど、その足元にも及ばない心の在りようが情けない。市民生活の向上のため、条例の制定、予算の配分などに心を配り、市民の声を背に、緊張感と責任感をもって活動する事が市議の絶対的な役割である。何と張り合いの有る仕事なのか。胸に付けるバッジの重さは、自己の人生を賭けてその役割を果たす喜びの印でもあろう。
再度言いたい。「公約」とは、公(おおやけ)に約束した、市議としての固い決意なのだ。その事を市議活動のど真ん中に置かない“市議もどき”は、本来なら即刻辞表を提出すべきだ。約束を守れないんだから、そうするしか責任の取りようがないのである。現在の市議は既に二年目を折り返し、市議活動は後半に入った。どうか、基本中の基本を忘れずに、後半を締めて戴きたい。
ある16歳の少女の言葉
「不平不満を言える人は幸せ」
妹、弟の為、一生懸命働かないと…
こんな話を聞いた。
住んでいた家が道路拡張工事にかかり、立退料数千万円が一家に入った。しかし父親がその金を持って姿を消した。母と、10歳の長女と8歳の次女、5歳の長男が残された。4人は畑の中の農機具小屋に身を寄せた。半年が経ったころ母親は「電気も水もない小屋に、子供たちを置いておけない」と、子供たちを遠くの施設に預け、母一人が小屋に残った。その後重い病に犯された母親は、医者にかかるお金もないまま、小屋で寂しく生涯を閉じた。
地蔵盆法要に合わせ、三人の子が寺にやってきた。お楽しみ抽選会で、5歳の長男が抽選で一等になり、賞品を抱きながら「これ、お母ちゃんがくれたんでしょ」とその寺の和尚さんに笑顔で言った。それから6年が過ぎ、16歳になった長女は高校に行かず働きに出た。和尚さんがその訳を聞くと少女はこう応えた。
「いつまでも施設の世話になれません。もう働けます。そして思いました。不平不満を言える人は幸せな人で、まだ後ろに余裕がある人なんだーと。私には、そんな不平を言う暇はありません。妹と弟のために、一生懸命働き、お金を稼がないといけません」ーと。
少女は「あの父親のお陰で高校に行けなかった」など、恨みがましい事は一切言わなかった。和尚は思った。「この少女は、親の居ない不遇を嘆いてはいない。そんな事を言っている余裕などないのだ」ーと。
