舟越保武さんという彫刻家の作品を
初めて見たのはいまからちょうど13年前
平成11年7月
同じ彫刻家の佐藤忠良さんとの
二人展を見に行ったときです
父の急逝にキモチがついていかず
毎日ふわふわと浮いている日々
美術館の静謐な空間に
ひとり この身を置くことで
なんとか心の安定を図っていたときでした
舟越保武さんは
大好きな舟越桂さんの
お父様というくくりでしか
頭になかったときでしたので
はじめて作品に出会ったときは
桂さんの面影を逆に探すという
本末転倒な観賞の仕方をしていたのですが
一歩足を踏み入れたとたん
その空間に広がる
現世の香りでないような
優しい空気を感じ
一瞬にして桂さんの作品を
忘れてしまいました
北九州市立美術館の その一室は
真っ白な壁に 樹の床
並んでいる 作品たちは
夏の陽差しさえも
柔らかな光りに変えるほどの
慈しみや 静かな輝きを放っていました
すでに脳梗塞の病を患い
利き手である右手の自由を失っても尚
一人の彫刻家としての日々を
真摯に向き合って来られたお姿が
作品を通して心に響きました
そのとき そこに レプリカの
「日本二十六聖人」のブロンズ像がありました
長崎西坂の丘にたつ26人の聖人像の一部です
西坂の丘は二十六聖人の殉教の地です
いつかこの場所に足を運んでみたいと
そのときなんとなく思っていました
あれから13年後
舟越保武さんの作品を観たさに
日本二十六聖人の存在へ導かれ
念願の あの場所へ伺うことになりました
日本二十六聖人について調べていくうちに
胸の奥深くに ぐわんぐわんと
鐘が鳴り響くような衝撃を受けました
涙があふれて、胸が苦しくて
ここに立てるだろうかとさえ思いました
豊臣秀吉により
激しい弾圧を受けたのにもかかわらず
最後まで信仰を捨てず、
後に聖人に列せられた26人
日本二十六聖人については
記念館HP←こちらへ是非

当日の朝
わくわくを一緒に楽しんでくれてる雲
はやる気持ちをなだめ この瞬間を楽しみながら
長崎へ向かいました

遠くにその姿の全貌を眺め
あ~13年越しの夢が叶ったのだと
感慨深いキモチでした
まず
「桂さん、お父様の作品に向き合っています」
そう呟きました

そして
おひとり おひとりのお名前を呼ばせて頂き
ほんとうにごくろうさまでしたと
心のなかで祈らせて頂きました

当初は上図のような
磔にされ槍で突かれているその場面を
彫刻にとの依頼だったそうですが
舟越保武さんの心の中に
すでに浮かんでいたのは
聖人たちが天に昇る直前の
清らかな姿だったそうです
資料を丹念に読み、専門家に話を聞き
名前、年齢、職業から
ひとりひとりのイメージを作り上げていったそうです

「その人なりの晴れ着を着せたかった
現世の終わりに清らかな正装を」 と
二十六人の信者の方々の足は
今 まさに 天へ召される瞬間を顕しています
お顔はどなたも
神さまへの無限の信頼からの美しさ
凛として しあわせな表情をされています
この作品で高村光太郎賞を受賞されています

舟越保武さん
2002年2月5日 89歳の生涯を終えられました
この2月5日は二十六聖人の処刑と同じ日でした
保武さんのお顔は
母方の祖父の面影に似ているのです
舟越桂さんから
お父様の舟越保武さん
舟越保武さんから
二十六聖人へのお導きは
祈りとともに生きてきたと
思っている私にとって
彫刻作品の先にある
普遍的な魂の本来の祈りと
対峙するきっかけになりました
手をあわせる
目を閉じる
胸の奥で祈る
その先
もっと 奥深く
もしくは
もっと 上へ
そこへ
進んでいくための
お導きだったと
思わずにいられませんでした

ここまでの道程を導いてくださった方々へ
感謝と愛と光のシャワーが
たくさんたくさん降りそそぎますように
ありがとうございました

記念館の前に
大きなクスノキの根っこが飾られていました
ここにも くうちゃんが
優しくお出迎えしてくれました
今日も猛暑の一日
あの西坂の丘には
神さまの愛とともに生きてこられた
聖人たちの祈りの合唱が
響き渡っているような
そんな気がします
※一部テレビの映像を写真に撮りました