30代で子宮体がん 40代で胸腺腫 治療記録

30代で子宮体がん 40代で胸腺腫 治療記録

子宮体がんの治療記録です。ホルモン治療⇒卵巣・子宮全摘出後に出会った彼とがん告知日のちょうど一年後になる10月1日に入籍しました。
2025年現在子宮体がんは再発・転移してないのですが、偶然胸腺腫という希少がんが見つかりましたので、その治療記録も残します。

生理はずっと順調に来ていたのに、30歳になったころから不正出血あり。

はじめは気にならないくらい少量だったのが徐々に回数も量も増え、クリニックに行ったときは時すでに遅し。

子宮内膜増殖症と子宮頚管ポリープあり。。。さらにはガン細胞まで。。。

30代前半でまさかの子宮体ガン告知。

ホルモン治療からスタートするもわずか2か月で断念。

卵巣・子宮全摘出手術を受けました。

当時の彼氏はガンがきっかけで去っていったのですが、社会復帰後お付き合いした人とトントン拍子に婚約し、ガン告知日である10月1日に結婚しました。

子どもの生めないガン患者になったけれど、「わたしは幸せだった」と言える人生にしようと日々過ごしています。

婦人系のガンや病気の女性の参考になればと、アメンバー限定で性生活のことも書いています。

現在、抗がん剤はせずに経過観察中。

ときどき、このブログを通して子宮体がんの治療を振り返ります。

腹腔鏡手術の傷痕はパッと見ただけではもう分からないくらい綺麗に治りましたし、女性ホルモン欠乏症も日常生活にほとんど支障ありません。

あれから8年半経ちますが、辛かった日々は昨日のことのように思い出します。


婦人科でずっとお世話になってきた主治医のK先生には感謝してもしきれません。

経験豊富な婦人科腫瘍の第一人者であることはもちろんですが、女性の気持ちをよく理解して治療にあたられていたと思います。

腹腔鏡手術後にはキズが綺麗に治るようにアトファインやトラネキサム酸錠を出してくださったり、内診も丁寧でまったく痛くありませんでした。

治療の過程で取り乱したことや泣いたこともありましたが、 いつも目をみて穏やかに話してくださり、優しく励ましてくださいました。

子宮体がんで子宮や卵巣を摘出したのは辛い経験ではありましたが、K先生に出会えたことは人生の幸運と思います。


そんなK先生のご退職を先日の呼吸器外科の診察で知りました。

定年退職のようなもので、来年に控えているK先生の診察予約は別の先生になっており、率直にショックでした。

やはり信頼してきた先生なだけに、別の先生というのは申し訳ないですが不安が大きく、拒否感がありました。

K先生は別の病院に勤務されているようでしたので、その病院で引き続き検診を続けてもらうことにしました。

安心感が半端ないです。


この先もずっと、K先生に診てもらいたいです。


手術から3ヶ月ほど経ちましたので、最近の体調について書きたいと思います。


まず、胸腔鏡手術による肋間神経痛は今もあります。

具体的には右胸の下は触っても感覚がなくて、突っ張るような痛みがあるものの、電気が走るような鋭い痛みはなくなりました。

1ヶ月ほどタリージェという神経痛に効果のあるお薬を処方してもらってましたが、飲んでも飲まなくてもよく分からないって感じで、今は飲んでません。

肋間神経痛はまだしばらくは続きそうですが、日頃の生活ではそんなに気にならない程度です。


そうそう、術後1ヶ月も経たないうちに仕事復帰したら人生初の副鼻腔炎になったんです。

なりたてのときは38度台の熱が出て、頭は痛いし、謎の黄色い痰がたくさん出るし、肋間神経痛よりそっちの方が辛かったかも。

抗生物質をもらったりして今はほぼ治ってきてますが、まだパキッとは治らなくてもどかしい。。。


仕事については、復帰したての頃は在宅勤務取り入れつつやってましたが、今は普通に出勤してます。

先月半ばから繁忙期で残業とか毎日してたら急に高熱が出たりして、体調崩しました。

今は繁忙期通りすぎたから元気になりつつありますが、手術して気力がついていかないようになって、もうほんっとうに無理は禁物だと痛感しました。

無理しないとできないことは素直に助けを乞おうと思います。


最近できるようになったことは、手術した方(右側)を下にして眠ることです。

また、プール通いも復活しました。

泳ぐのはまだ怖くて、ウォーキングのみですが、そろそろ泳げそうな気がしてます。


少しずつできることが増えてくるのは嬉しいものの、本来ならあるはずの臓器(子宮&卵巣と胸腺)が40歳早々に2つもないことは気持ち的に辛くて、落ち込む日々が続きました。

でも、旦那さんや実家の家族、それに主治医の先生方がとても優しくて励まされ、あたたかい気持ちになります。

心から感謝です。


私が加入している保険はがん保険ではないのですが、入院&手術給付金に加え、三大疾病一時金特約と女性疾病入院特約を付帯しています。


ネットで「胸腺腫はがん保険が下りない」説があることは知っており、診断書に記載された病名も【悪性胸腺腫】ではなく【胸腺腫】だったので少し心配でしたが、三大疾病一時金も女性疾病の入院給付金上乗せ分も早々と入金されていました。


加入する保険の約款を読むと、三大疾病一時金も女性疾病一時金も対象となる疾病に、がんの定義としてICD-10コードによる分類が【呼吸器および胸腔内臓器の悪性新生物C30~C39】、さらに新生物の性状を表す第5桁性状コードは【/3(悪性、原発部位)】と記載しています。


私の胸腺腫は原発でB1タイプ。

この場合、ICD-10コードの分類はC37、新生物の性状を表す第5桁性状コードは8583/3ですので、まさに給付対象のがんに該当すると考えます。

(万が一、三大疾病一時金と女性疾病一時金が下りなければ、これを保険会社に説明し、場合によっては先生に診断書へ追記してもらおうと思ってました)


ちなみに、保険会社に提出した診断書には病名、悪性診断日、悪性新生物の区分、病理検査結果などを書く欄はあっても、ICD-10コードを書く欄はありませんでした。

何年か前は書く欄があったのに。。。

約款にはがんの定義としてこのコードを記載した別表まで付けているので、個人的には診断書でこれを書いた方が保険会社も判断しやすいと思うのですが、なぜこの欄をなくしたのか。。。


あくまで個人的な所見ですが、胸腺腫でがん保険がおりない場合は、良性胸腺腫(ICD-10コードはD150)や胸腺腫合併重症筋無力症(ICD-10コードはG700)と判断されているのではないかと思います。






病理結果は正岡分類1期、B1とB2の混合タイプでした。

勝手にABかB1タイプだろうと思っていたので、この結果はいささかショックでした。

ネットで検索する限り、このタイプの方はお見かけしたことがありません。


手術では胸腺をほとんど切り取ってしまったようですが、ふちは残っているとのこと。

悲観的になりがちな私は主治医に「再発するなら切り残したところですかねぇ。。。」と聞いたところ、主治医は「そんなに心配しなくていいんじゃない!?」と仰って、そうだよな~と思いました。


起きるかどうか分からないことをいちいち心配して、今の楽しみや幸せを見逃してしまうのも馬鹿らしいので、気にせず生活することにします。


重症筋無力症などはないので、追加治療はありません。

退院して2週間近く経ちます。

自宅療養しています。

夜は10時半に寝て、朝は7時に起き、ノンアルコールの健康的な毎日です。

湯船にはまだ浸からず、シャワーのみです。


基本1日家にいますが、2~3日に一度近所に買い物など行っています。(暑いし、歩くとキズが痛むので毎日は無理)


肝心の痛みの方は、退院直後から右胸のキズまわりにジンジンとした痺れる痛みがあります。

立っているときや歩くとき、響くように痛みます。

痛み止めを飲みましたが、効果はよく分からないのが正直なところです。


今も痛みます。

5cmほど切ったキズの横らへんの肋骨がぴきっと痛むこともあります。

シャンプーやドライヤーはしているものの、右腕を伸ばすのはちょっと怖いです。

私は水泳をしていますが、泳ぐのはおろか、走ったり、早く歩くことや思いっきりのくしゃみも無理です。


痛む範囲はイメージ図を書いてみました↓



痛みは、座っている分には気になりません。


まだ右側を向いて眠ることはできません。

仰向けか、左側を向いて丸まって寝ると楽です。


来週から職場復帰ですが、復帰できるか不安です。

今のままだと長時間立ったり歩くのがしんどいので、電車での通勤が厳しいかもしれない。

在宅勤務も取り入れながらになるのかなぁと思います。 


腹腔鏡手術のときは、術後の痛みに悩まされた記憶はあまりありません。

実際、痛み止めも処方されていません。

今回も退院後の痛みは日にち薬と楽観視していましたが、腹腔鏡手術のそれとはちょっと事情が違うようです。


腹腔鏡手術は小さい穴だけだったけど、今回は右胸の下を何cmか切ってるし、痛みは仕方ないと思います。

だからこそ、痛み止めを処方されたんだろうな。

ただ、痛みは少しずつでも確実に減ってきていると感じます。

起き上がるときや咳をするとき、前ほど痛くないからです。


早くこのジンジン痺れる痛みがとれますように。


途中暑くて目が覚めましたが、まあまあ眠れました。

今朝も5時半に目が覚めたけど、息が少し苦しくて日の出は見ずに二度寝しました。


頑張ったな、私。

思い返せば、術後は「ありがとう」と言うのさえしんどかった。

お世話になった看護師さんたちに充分に御礼を伝えられなかったので、投書にたくさんありがとうを書きました。


退院となった途端、急に時間の流れが速くなってきた!

10時にはベッドを空けないといけなかったので、朝ごはん食べて、シャワーに入って、荷物まとめて化粧して、感傷に浸る暇もなくバタバタしました。


入院中にお喋りをしてくださった乳ガン治療中の方に御礼を言おうか迷いました。

行った時に体調が悪かったら申し訳ないし、そもそもお部屋も知らないし。。。

でも、やはりお会いしたい気持ちが強くて隣の病棟に行ったらなんとバッタリお会いできました。

 

退院する旨と入院中はありがとうございましたと伝えると、涙ぐんで退院おめでとう!と手を握ってくださったので、私ももらい泣きして強く握り返しました。

少しの間でしたが、お会いできて良かったです。

その方も1日も早く元気になって退院されることを願っています。


退院時は担当医が来てくださって、痛み止めをたくさん処方されました。

自宅でもし具合が悪くなったらいつでも病院きてくださいとのことでした。(そうならないようにしたい)

次の診察は2週間後で、ドレーンのキズの抜糸をするようです。


退院手続き後は旦那さんに車で迎えに来てもらいました。

病院の近くで友人がレストランをやっているので、夜ご飯はそこでテイクアウトしようと注文していたのですが、思いの外しんどくて車から降りることができませんでした。

結局旦那さんが取りに行ってくれました。


急に時間に追われてバタバタしたので疲れたんだと思います。

帰宅したらホッとしました。

やっぱりおうちが一番!!

今朝は4時20分ごろ目が覚めたので、日の出を見ました。

何とも言い難い前向きな気持ちになりました。


毎日4~5時間くらいしか寝てないけど、日中別に何もしてないから大丈夫な気もする。


朝食後のウォーキングはキズが少し痛むような感じがして260歩くらいで断念しました。

無理は禁物。

処方された痛み止を朝と夜の2回飲みました。


入院中は名前しか存じ上げないけど、共用スペースでお喋りしてくださる患者さんもいらっしゃいました。

同じフロアのお隣の病棟に、乳ガンの抗がん剤で入院しているようでした。

明るく素敵な方で、お喋りの時間は気分転換にもなり、楽しかったです。


7日ぶりにシャワーも浴びました。

キズのところ以外はしっかり洗えました。

気持ち良かったですが、久しぶりなので疲れました。


午後は院内で入院患者向けのコンサートがあったので、行ってきました。

楽しみにしていたのですが、演奏が始まると眠くてうつらうつらしてしまいました。

一番前で聴いていたのに船をこいでしまって演者の皆さんには申し訳なかったです。

連日やはり寝不足だったんだと思います。

 

コンサートは聴けて良かったのですが、お喋りしたり、シャワーに入ったりと忙しく過ごしたため、疲れてしまい部屋に帰るなりベッドで休みました。

日常に戻っても、1ヶ月ほどは無理しないように気を付けようと思いました。


いよいよ明日退院。

振り返ってみればあっという間でした。

今回の大部屋では、私のベッドはずっと廊下側でした。

景色が良いので窓側のベッドが空けば移動したいなと内心思っていましたが、叶いませんでした。

どうやら窓側には何十日も入院している患者さんがいるようです。

漏れ聞こえてくる会話から、その入院日数にビックリしました。

そんな長期間入院していたら、窓側のベッドじゃないと気が滅入るよね。。。


私はもう二度と入院したくないです。



今朝は朝日が見たいと思い、4時半に起きました。

5時過ぎごろ朝日が昇ってきて、光を浴びていると力が漲って来るようでした。


今朝の体温は36.4度。

完全にいつもの平熱です。


術後、出された食事はすべて完食していましたが、食べられるようになったら体の調子や渇きがちだった口内環境も良くなっている気がしました。

痰はもう出なくなっていました。

胸腺のあったところは咳するとまだ痛みます。


ついに硬膜外麻酔を抜いてもらいました。

痛いだろうと覚悟してましたが、いつ抜いたか分からない程で、全く痛くなかったです。

「全然痛くなかったです」と先生に言うと、「硬膜外麻酔は入れるの大変だけど、抜くのはあっという間なんだよね」とのことでした。

結局、一番痛かったのはドレーン抜くときでした。

(他の方のブログ読んでると、病院によっては局所麻酔するところもあるようですしね)


硬膜外麻酔を抜いた当日はまだシャワーに入れません。

3時頃両親がお見舞いに来るので、それまでに洗面台で髪の毛を洗いました。

前回よりは上手に洗えました。

両親とは積もる話があり、2時間ほどお喋りしました。


両親が帰った後、共用スペースでボーッと景色を眺めていました。

自分は40代に突入して人生も折り返し来ているけど、家族にも友人にも職場にも恵まれているなぁと思いました。

大きな病気を2回もしてしまったけど、生きているうちは自分も周りも大切にしようと改めて心に誓いました。


今日は目標どおり5000歩近く歩きました。


この病院での入院生活もあと1日半となりました。

少し名残惜しく感じました。

至れり尽くせりで居心地も良く感じたりもしたけど、元気な者がいる場所ではないからな。。。

ここでの入院を待っている人もたくさんいるはず。

早く退院して、元の生活に戻りたいと思いました。

今朝の体温は36.9度。

平熱に戻ってきました。


昨夜は夜中咳が出てけっこう苦しかったです。

乾燥してるのもあるし、喉もまだ完璧ではないのかも。

咳すると胸腺があった場所が痛むので、こほっこほっと小さめの咳を何度もしました。

同じ部屋の人にはごめんなさいです。

でも、同じ部屋の人のいびきとか咳とかを私も我慢しているので、お互い様ですよね。


入院している病院はガンの専門病院なので、働き盛りの若い患者さんが多い印象です。(私もその一人かな)

共有スペースでは仕事の電話をしている男性の患者さんがいて、心底「入院中なのにお疲れ様です」と思いました。

どんな事情、どんな仕事かは知るよしもありませんが、

同じ患者として、ガンで入院している人に仕事の電話してくるなよと思ってしまいました。

私の職場は何の心配もなく休ませてくれて、これを当たり前と思ってはいけないと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

復帰したら、出来る限りの恩返しをしようと思います。


この日は病棟を昨日の目標どおり2500歩歩きました。

またまた欲が出て、明日はこの倍歩こうと思いました。


食事は毎日の楽しみになっていて、毎食完食しています。

昨日に引き続き、お通じはしっかりありました。


背中の硬膜外麻酔は希望すればいつでも抜いてくれそうでしたが、痛みが増すのが怖くて先のばしにしてました。

いろいろ管が抜けると、寝るとき背中の硬膜外麻酔が気になって、右胸のキズ以外は痛くないのに、動くのが怖くてずっと仰向けで寝ていました。

そのため、入院中に熟睡できる日はなかったです。


明日は両親がお見舞いに来るし、管のない状態で会おう、明日こそ硬膜外麻酔を抜いてもらおうと決意しました。


昨夜は2時くらいにやっと寝付けて、朝5時半に目が覚めました。

元気なときは朝起きられず、いつもギリギリになる私が不思議と入院中は何時に寝ても必ず5時半に目が覚めます。

今朝の熱は37.2度、毎日少しずつ下がってきています。


起き上がるとき、右のキズはやはり痛みます。

「いてててて」と時々声も出ます。


この日に術後初めてのお通じがありました。

腹腔鏡手術のときは、お腹に力を入れるのが怖くて排泄が心配でしたが、胸腔鏡手術はそんな心配はありません。


担当医が来てくださって、私の術後経過は順調とのことで、入院から9日目が退院予定日となりました。

腹腔鏡手術のときは11日間入院していましたので、それよりも短いです。


起き上がっている時間が長くなって、日中は共有スペースで景色を眺めたりしていました。

病院からの景色は本当に美しくて、何時間も眺めていられました。

あとは、病院の投書の回答冊子を読んだり、意見箱に投書を書いたり、日記を書いたりしました。

病院では医師、看護師はじめスタッフの皆さんにとても良くしてもらっていましたので、投書には精一杯の御礼を書きました。

日記には日々の出来事や体の状態、その時の気持ちをたくさん書き綴り、それを元にこのブログも書いています。


歩く歩数も増えて、この日は1200歩歩きました。

できることが増えると欲が出てきて、明日はこの倍歩こうと思いました。


硬膜外麻酔が背中に入っているので、シャワーはまだ禁止でしたが、頭の痒みが限界だったので頭だけでも洗わせてほしいとお願いして洗わせてもらいました。

洗面台に座り、前屈みで髪の毛をバサッと前に持ってきて洗うスタイルです

看護師さんにお願いしたら洗ってもらえるようでしたが、手術した方の腕が上がり、自分でできそうだったので自分でしました。

人生初の洗髪スタイルでしたが、何とかなりました(笑)

ドライヤーも問題なく使えました。

脂ぎっしゅだった髪もさっぱりして、幸せを感じました。


ドライヤーを使ったあと、落ちた髪の毛を集めて掃除していたら、清掃スタッフの人に止められました。

こういうことをして後で具合の悪くなる方もいるので、無理しないでください、ここにいる間は私たちがしますからと本気で心配されたのでお言葉に甘えました。