37歳にもなって、母との確執とか・・・でも書かないとなんか気持ちの整理がつかない。
母は善良な人だと思う。
悪いことは悪いと教えられ、人には親切にしろと教えられて育ちました。
私は中学生になり、ひどいいじめに遭いました。
机はカッターで「シネ」と彫られ、ノートにも同じく落書きがいつの間にか書かれていました。
昼休みになればクラス全員が「出ていけ!」とコールします。
サブバックを忘れて帰宅した翌日、机の上には私の私物がぶちまけられていました。
その中には未使用の生理用ナプキンもありました。それは中身がやぶかれ、カッターで抉られていました。
まぁ、書いていけばきりがないのですが・・・
私は母に少しだけ打ち明けました。
どうしたらいいかな?と。学校に行きたくない、とも。
すると
「本当に悪い人なんていないのよ、自分から明るく話しかけてみたら?」
という返事が返ってきました。
私は、母に相談することを諦めました。
そして、ある日、テレビでエックスというロックバンドに出会いました。
力強いメッセージ性のある歌や、奇抜なビジュアルの虜になり、あっという間にはまりました。
地獄のような日々を耐えることができたのは、エックスのおかげです。
それから、私を少しも否定せず、学校に行かなくても責めないでいてくれた4つ上の姉のおかげでもあります。
やがて自宅から、短大に通うようになった私でしたが、自宅からほど近いコンビニでアルバイトを始めました。
毎日来るお客さんがいました。
田舎のことですし、その方は少し知的障害のある方でしたが、私は毎日その方と笑顔で会話をしました。
人には親切にしろと教えられていましたから。
その方は、私がアルバイトが休みの日に突然うちにやってきました。
家の前で会うこともあったので、うちを知っていたのです。
そして、お金を貸してくれと言い出しました。
はじめ、一緒に対応していた母でしたが、いよいよ困ると
「あんたが親切にしたから、こんなことになった!あんたのせいだから、あんたがなんとかしなさい!」
とキレてしまいました。
私は、物事には建前というものがあるということを、そのときに知った気がします。
母は悪くありません。
私は大人になり、家を出ていき、一人で生活するようになり、恋愛して結婚して、今は母という立場になっています。
一人目の子供を産んだとき、絶対に母乳で育てると意気込んでいた私は、失敗しました。
意気込みすぎて、詳細は割愛しますが、体を壊し、ほとんど母乳は出ませんでした。
それでも諦めきれず、ミルクを飲ませる前に子供に乳を吸わせていました。
乳首には炎症ができ、少し触れるだけで剃刀で切られるような痛みのある中、必死でした。
そしてその様子を見ていた母は
「出ない乳を吸わせて、〇〇(子の名前)はかわいそうに」
と言いました。
今も母とは行き来できる距離に住んでいるし、頼りにしているし、よく一緒に出掛けたり、子供たちの世話をお願いすることもあります。
でもたまに、母と話していると宇宙人と話しているような、頭がクワンクワンと鳴っているような感覚に陥ることがあります。
母は、私と意見がぶつかると怒ります。
自分の考えを否定されると頭から湯気が出たように激高します。
そして、ある程度時間がたつと今度は自分を責めはじめます。
「自分が悪い親だからこうなった。もう消えてしましたい。悪い親でごめんね。」
と言って泣きます。
私も、私がいつも正しいとは思わないし、絶対に母が悪いとは思いません。
結局ね、母というものは不完全な、私と変わらない女なんだということ。
よしながふみさんの漫画を読んだときに、この言葉が出てきて妙に納得しました。
なぜ、今になって突然こんなことを書こうと思ったのか・・・
色々あるけど、今日もまた話が通じないなぁと思うことがあって、積もっていたことを書いておこうかなと思ったのです。
きっとこれからも、母の言動で色々思うこともあるでしょう。
それでも、親子の縁は切れないし、母のことを愛しています。
話が通じないことを、楽しめるようになったら新境地かな。
母は善良な人だと思う。
悪いことは悪いと教えられ、人には親切にしろと教えられて育ちました。
私は中学生になり、ひどいいじめに遭いました。
机はカッターで「シネ」と彫られ、ノートにも同じく落書きがいつの間にか書かれていました。
昼休みになればクラス全員が「出ていけ!」とコールします。
サブバックを忘れて帰宅した翌日、机の上には私の私物がぶちまけられていました。
その中には未使用の生理用ナプキンもありました。それは中身がやぶかれ、カッターで抉られていました。
まぁ、書いていけばきりがないのですが・・・
私は母に少しだけ打ち明けました。
どうしたらいいかな?と。学校に行きたくない、とも。
すると
「本当に悪い人なんていないのよ、自分から明るく話しかけてみたら?」
という返事が返ってきました。
私は、母に相談することを諦めました。
そして、ある日、テレビでエックスというロックバンドに出会いました。
力強いメッセージ性のある歌や、奇抜なビジュアルの虜になり、あっという間にはまりました。
地獄のような日々を耐えることができたのは、エックスのおかげです。
それから、私を少しも否定せず、学校に行かなくても責めないでいてくれた4つ上の姉のおかげでもあります。
やがて自宅から、短大に通うようになった私でしたが、自宅からほど近いコンビニでアルバイトを始めました。
毎日来るお客さんがいました。
田舎のことですし、その方は少し知的障害のある方でしたが、私は毎日その方と笑顔で会話をしました。
人には親切にしろと教えられていましたから。
その方は、私がアルバイトが休みの日に突然うちにやってきました。
家の前で会うこともあったので、うちを知っていたのです。
そして、お金を貸してくれと言い出しました。
はじめ、一緒に対応していた母でしたが、いよいよ困ると
「あんたが親切にしたから、こんなことになった!あんたのせいだから、あんたがなんとかしなさい!」
とキレてしまいました。
私は、物事には建前というものがあるということを、そのときに知った気がします。
母は悪くありません。
私は大人になり、家を出ていき、一人で生活するようになり、恋愛して結婚して、今は母という立場になっています。
一人目の子供を産んだとき、絶対に母乳で育てると意気込んでいた私は、失敗しました。
意気込みすぎて、詳細は割愛しますが、体を壊し、ほとんど母乳は出ませんでした。
それでも諦めきれず、ミルクを飲ませる前に子供に乳を吸わせていました。
乳首には炎症ができ、少し触れるだけで剃刀で切られるような痛みのある中、必死でした。
そしてその様子を見ていた母は
「出ない乳を吸わせて、〇〇(子の名前)はかわいそうに」
と言いました。
今も母とは行き来できる距離に住んでいるし、頼りにしているし、よく一緒に出掛けたり、子供たちの世話をお願いすることもあります。
でもたまに、母と話していると宇宙人と話しているような、頭がクワンクワンと鳴っているような感覚に陥ることがあります。
母は、私と意見がぶつかると怒ります。
自分の考えを否定されると頭から湯気が出たように激高します。
そして、ある程度時間がたつと今度は自分を責めはじめます。
「自分が悪い親だからこうなった。もう消えてしましたい。悪い親でごめんね。」
と言って泣きます。
私も、私がいつも正しいとは思わないし、絶対に母が悪いとは思いません。
結局ね、母というものは不完全な、私と変わらない女なんだということ。
よしながふみさんの漫画を読んだときに、この言葉が出てきて妙に納得しました。
なぜ、今になって突然こんなことを書こうと思ったのか・・・
色々あるけど、今日もまた話が通じないなぁと思うことがあって、積もっていたことを書いておこうかなと思ったのです。
きっとこれからも、母の言動で色々思うこともあるでしょう。
それでも、親子の縁は切れないし、母のことを愛しています。
話が通じないことを、楽しめるようになったら新境地かな。