・・・あ、これ「季節」のことね。
なんか匂いやら温度やらでキテますねぇ、「春」。
この「予感」的なモンにはホントに毎季節ごとにやられてます。
春を予感させるほんわりとした風の匂いは、海を見たい気持ちにさせられる。

(松田聖子かッ?(>_<))
頭の中に広がる風景は、
「浜辺から見るキラキラとした海」に始まり
「海から見た浜辺」へとターンし
「海へ向かうまで道」、「周囲の店」へと、
いもづる式にいろんな光景へと続いてゆく…。
単純に「新しい季節」を「新しい気持ち」で迎えたいだけなのに
そんな意思とは裏腹な方向に気持ちが動いている時があり、頭抱えることも・・・。
刹那で破滅的。
聞くだけなら強そうなのだがそんなことは、ない。
人も、結びつきも、実も無く弱いものは嫌だし、もういらない。
そう思い、いつになく真剣に心のリハビリをしてここまできたし、
これからも続けていくつもりでいる。
だのに、時として皮肉な偶然に会うこともある。
数週間前、mixiでたまたま「新しく店を移転します。」という内容の、見ず知らずの人の日記を見た。
添付されていた予定の店の説明用の写真3枚の1枚を開くと、
そこには、去年私が「花火大会の時に相手を待った店

」が写っていた。
(その日がどれだけ思い出深い日だったかは、前のブログで書きましたよね・・・

)
そこを居抜きで借りてオープンします、と書いてあった。
そしてもう2枚、立地の紹介として角度違いの写真が載っており、
そこには、その店の斜め向かいに在る、
「その相手が住んでいた見慣れたマンションと風景」が写っていた…。
こんなことって、あるかぁ…?
店のオーナーは、オープンと共に店の近くに引越ししてくる、とあるのでいわば外部の人。
私とも、そのマンションの住人とも、何ら接点はない。
それがなんで今頃こんなんを見るハメ(?)になるん?
・・・て、それは私の弱さが発端なのか?
リハビリ、足りんな・・・。
この偶然のことはもちろん誰にも言っていないし、
それどころか、私は決意以来1度もその人の名を口にもしていない。
それだけ「こわい」んだと思う。
この一件もね、少し経ったんで書けてますがね・・・。(//・_・//)
しかし、かつて想いをよせたその「本人」の写真を見ることはあっても
よっぽど有名な所でない限り、
フツーその人が「住んでた家」やその近所の店や風景の写真なぞ、持ってる人自体居ないんじゃないだろうか?
(だって繁華街でもなんでもない、単なるフツーの町の一角を人ナシで撮ってなんておかないっしょ?)
私も始めての経験だったが、結構キマすよ~。
想定外だっただけに、余計。
「へッ?な、なんでココが?!」…って。
でもその一枚を見た瞬間、一瞬でそこの音も、匂いも掴めてしまった…。
写真は「曇りの昼間」だったが
晴れた日や、雨の日のそこも
夕暮れ時や早朝、また気持ちのいい夜、といった
写っていないあらゆるそこを再び見た気がした…。
しかしその店は、あの時と違う店に生まれ変わり
またいろんな思い出を作っていくのでしょうな。
そうやって季節や時と共に、いろんなことが上書きされていくことを実感しつつも
「あの時は本当にあったんだ・・・。」ってことを
客観的なその写真によって(載せた本人はこんなコト思う人がいるとは予想もしていないだろう…。)
思い知らされた感もあり、
嬉しいような、コワいような、複雑な気持ちになりました。
・・・う~む。
これ以上はあまり考えるのはやめよう・・・。
着信も、間違えたと解釈しよう・・・。