晴れた日の午後はいつだって気分がいい、とは かぎらないじゃないか。
お天道様が、さんさんと朝日を浴びせたアスファルトに寝転んで、ほかほかとしていたっていうのに、3軒隣のブチが来て、シャアー!!って威嚇するんだ。慌てて飛び起きて僕は玄関に戻って、門越しに後ろを振り向いたら、ブチのやつ、僕の寝ていた場所に陣取って、毛づくろいなんかしていやがる。くそう、ブチの奴め。いつもあいつはそうなんだ。
例えば先週のことだ。4丁目のキヨばあちゃんが、たまにくれるお刺身を皆で、はぐはぐ食べていたんだ。そしたらさ、ブチのやつ、キヨばあちゃんが見ていない隙にシロの食べていたサンマや、ミケの分のマグロなんかを、さっと横取りしてしまった。残念そうにしている彼らを後ろ目に、あいつ、睨みを利かせて威嚇していたんだぜ。つまり要するに、他の猫(やつ)に良いことがおきていることが、あいつにとっては許せないことなんだ。そんなこといっていたら、ほら、またあいつと目が合ってむく、って起き上がってこちらを鋭い視線で射抜きそうなものだから、僕は冷や汗が出てしまって、慌ててひなちゃんの部屋へと全速力で走ってしまった。
ひなちゃんは僕の飼い主だ。ひなちゃんは人間で言うと30歳ぐらいだ。僕は4才だから、人間で言うと僕のほうがちょこっとだけ、年上なんだそうだ。えへん、僕はひなちゃんの先輩ということになる!
ひなちゃんは新宿というところにある、伊勢屋だか、高島丹だか、っていうデパート(ものすごく人がいっぱいいるらしい)の1階にある女の人の手袋だとか、ストッキングだとか、売っている小物売り場で働いている。この前、そのデパートの社員割引で3千円で買ったって言うストッキングを見せてくれた。すごうく素敵だねって、ストッキングに触れたら、前足の爪が引っかかっちゃって、びよーん、て伸びるんだ。僕、面白くなっちゃってさ、びよーん、びよーん、ってしていたんだ。あはは、おかしいね、これ。どんどん伸びる!伸びる!
「きゃあ!!」って大っきな声が聞こえて、僕、びっくりして、急いでベッドの下にもぐりこんだ。ベッドの下から様子を伺っていたら、台所から戻ってきたひなちゃんが目をまん丸にしている。しばらくしたら、ひなちゃんの大きいまん丸の目から雫がぽたり、って落ちた。ぽたり、ぽたり、しながらストッキングを握りしめているひなちゃん。ああ、何かよくわからないけれど、僕、失敗しちゃったみたいだ。いつもそうなんだ。
あとで分かったんだけどさ、あれは次の日、ひなちゃんの彼の誕生日で、デートで、めいっぱい、おしゃれして会おうと、奮発して買ったストッキングだったんだってさ。
ひなちゃんは貧乏だから、1週間毎日、夕ご飯は納豆と白飯で我慢して、こつこつ貯めたお小遣いで買ったストッキングだったんだ。
だけど、絶対にひなちゃんは僕のことを怒らない。というか、ひなちゃんが怒っているところを見たことがない。ごめん(にゃあん)ね、ってベッドの下から出てきてひなちゃんの足に尻尾を絡ませたら、ストッキングを握りしめながら、真っ赤な目をして「ううん、もういいよ」って、もう片方の手で僕の頭をなでてくれた。世界で一等、大好きなひなちゃんを泣かせてしまって。本当に僕はダメな奴(ねこ)だ。
僕のお母さんは西新宿のちょっと名の知れたメス猫らしい。お父さんもその界隈では皆が震え上がって道を譲るような、睨みの利かせた猫で、散々、きれいな若い猫と遊んでいたけれど、ある日、それは美しい三毛猫を見つけて、夢中になってしまったらしい。その三毛猫にアタックするも、あんたなんか知らないわよ、って邪険にされて。それでもメゲズに猛アタックしたんだ。その三毛猫が僕のお母さんな訳だけれど。てんぷら屋の海老を盗んでは毎日、母さんに贈ったり、強面の猫と喧嘩しては、強いところをアピールしたり、来る日も来る日も、必死に母さんに良い所を見せたくって、猛アタックの日々だったそうだ。
母さんはおいしいご馳走や、キャリアみたいなものよりも、お天道様にあたりながら、ただ静かに、皆と離れて一人でぼんやりしていることが好きな猫(ひと)だったから(そういうところは、ひなちゃんと似ている)、横目で父さんを見ながら、ああうるさいな、ぐらいにしか思わなかったらしい。
そんなふたりなのに、どうして結ばれたのか。それはある事件がきっかけだ。
to be continued