今日、話しててどうもスッキリしなかったお話。
例えばグループで食事に行くと仮定して。
全員が全く好き嫌いがなければ何も問題ないんだけど、
それぞれにどうしても食べられないものがあったとしましょう。
その場合、自分が問題にぶつからないようにするには、
自分の好き嫌いを無くせばOKというお話を聞きました。
そこでもっと具体的に質問。
世の中に、お肉、野菜、お魚の三種類しか食べ物がないとして、
お肉、野菜はOKだけど、お魚が食べられない5人。

お魚、野菜はOKだけど、お肉が食べられない1人。

そこである人が、
「お肉
にしよう~」
と言いました。4人はそれを快諾。
残る1人はどうしてもお肉が食べられませんが、
多数決によりお店はお肉
に決定です。
問題だ~!と思うのは、お肉が食べられない1人だけです。
5人は満足しているのだから、そこに問題点はない。
これってどうなん?
お魚にしてくれとは言わないけど、みんなが食べられる野菜にしようって選択はないの?
それを主張するのはエゴなの?
という疑問が。
お肉が食べられるようになると、食事の幅が広がるし、
今後もどんなお店を選ばれても困ることもありません。
なので今回だけでなく、今後もずっと問題をクリアできるのです。
だ~け~ど~。
「私達はお魚食べられないし、あなたはお魚食べられないから、野菜にしよう♪」
という意見が出るのが自然なように私は思うのですが、そんなことはないのかな・・・。
実際は食事の話ではないので、こんな簡単なことじゃない。
お互いを思いやることで見えてくる選択肢があると私は思う。
相手を変えることはできないから自分を変える。
だから、自分が食べられないものも食べられるように自分を変える。
こうやって文字にしてみると、理屈ではわかってきたような。
でも、問題点は好き嫌いがあること?それともみんなの意見を聞かないこと?
あぁ、そっか。
問題点の視点が違うと、解決法も違ってくるのね。
納得~。