昨日の夜中に親友から連絡が入った。内容は、自殺をするために200錠近くの薬を服用したというものだった。だが結局親に見つかり二日間入院生活をしていたらしい。

自分は、正直なところいうと自殺肯定派なのである。特に引き留める理由が自殺者に対してないのが一番の要因だったりなんだったり。自殺を止める理由として定番の常套句なのが、「みんな悲しむよ」という自殺者ではなく自分や周りに対する不利益だけを気にする傲慢なセリフである。自殺という生への極に位置するような考え方をするまでに追い込まれている人間に対して周りのことも配慮しろというのが可笑しいのはではないかと思う。

だが、自殺によってもたらされる不利益は大きいのは間違いではない。バタフライ効果、というもので蝶の羽ばたき一つで世の中への利益やら損失をもたらすというものである。その考え方で言えば、蝶の羽ばたきごときで世間へ何かしらの影響が考えられるのであれば人間の死がもたらす影響がとんでもなく大きくなるのは当然であろう。実際に鉄道(電車)への飛込では、死体の破損状況や電車の遅延状況でもいろいろ変わるが首都圏の路線であれば億単位の被害総額になるらしい。その計算に基づくと地方の路線でも数千万に上るとみられるであろう。今例に出したのはあくまで飛び込み自殺の話であるため、ほかの自殺方法に比べると周りに与える効果は大きくなるが大体の自殺もこれぐらいの損失を周りに出すことになる。

ここまでは止める理由を具体的に書いたが、ここまでは自殺を止める側の意見の一部を具体的に書いてきたが、ここからはあくまで個人の自殺肯定をする理由理由を書いていく。

そもそも自殺を止めたところで、その人間を自殺という考え方までにさせた周りの環境の改善や配慮を施さなければ無理くり生かしているだけで逆に殺しているのではないかと思う。

とても簡素に書いたがこれが自殺肯定の主な理由である。

私と親友はある約束を交わした。それは、親友が自殺したら私もするというものだ。そのことを一番信頼している友人に話したが止められた。その場ではやはりしないと嘘をついたが、親友との約束は破れない。ごめんなさい。