シンはチェギョンの表情に気づいて、頷きながら、その手を握った。

「チェギョン、何を心配しているんだ?僕が考えているのは、宮に知らせると、チェギョンの行動が大幅に制限される事だよ」

「え?そうなの?」
チェギョンはてっきり、この妊娠が早すぎて喜ばれないのかと思ってしまっていたのに、そうではない事をシンに告げられ、吃驚してしまった。

「きっと、懐妊の事実を知ったら、宮はすぐにでも帰ってきて欲しいと言うだろう?でも、今は赤ちゃんのためにも長時間の移動はできない。
もし、チェギョンが宮に居るとしても、その行動は大幅に制限されるんだ。
それが異国の地でのことなら、きっと、大げさなほどの警護が付くだろう。
それは、君の体と心にとって大きな負担になると思うんだ」

チェギョンは、シンがそこまで考えてくれていることに感動し、言葉にならず、ただ頷いて涙を流した。

シンはそこでチェギョンが泣くことに驚いて、
「ど、どうした?!」
と、うろたえた。

「うん、、、大丈夫、、、、嬉しくて、、、、、」

「そうか、、、なら、良かった。今日はとにかくこのまま休め、後のことは明日話し合おう」
シンは、チェギョンを軽々と抱き上げると、ベッドまで運んだ。

そして、チェギョンに布団を掛け、自分はその隣に横になった。

「シンクン、、、、、、ありがと、、、、、、」
一日の間に色々なことがあり、やはり疲れが出たのか、シンの暖かな腕の中でチェギョンは穏やかに眠りに付いたのだった。





しばらくすると、シンの耳に静かな寝息が聞こえてきた。

シンはそっとベッドから降りると、隣の部屋で待機しているキム内官とチェ尚宮の所に行った。

チェギョンに聞こえないようにと、気遣いながら、宮に報告したかどうかを聞くと、シンは携帯を取り出し、コン内官に直接電話をかけた。

電話の向こうでは、コン内官が声を詰まらせながら、「殿下、妃宮様のご懐妊、お喜び申し上げます」と、祝いの言葉を述べた。

「あぁ、ありがとう、、、、、ところで、、、、、」
シンは、これからのことについて、あまり性急に事を進めないようにと、申し送りをした。

「警備についても、大げさにするな。しばらく、妃宮は外出禁止にするので、心配はいらない、と皆に伝えてくれ」

それは、きっとこの朗報に宮はすぐに動き、明日にでも翊衛士を増員するために派遣してくるだろうと考えたからだった。

「とにかく、あす、直接陛下とお話をしたい、と伝えてくれ」

「畏まりました。では、殿下も今日の所は、お休みください」

「あぁ、そうするよ、、、、、」

本当に長い一日だった、、、、、、だが、幸せな一日だったな、とシンは思った。

シンはチェギョンが休むベッドに入り、愛しいその体をそっと抱きしめて穏やかな眠りについたのだった。









マカオでは、二人で毎日ボランティアに出かける日々だった。

いつも一緒に居て、同じ方向を向いて皇族としての勤めを果たそうとしている。

それも、韓国に居たら人の目を四六時中気にしなければならないが、ここではかなり自由で、ほとんどの人が仲の良い新婚夫婦としてみてくれる。

ボランティアは、公には一市民として業務を行い、海外から来た一人の人間として感じることを報告したり、自国からどのような援助や応援をすればよいのかを色々と提案したりするのだ。


二人がマカオで様々な活動をし始めて2ヶ月程すると、チェギョンが出先で眩暈をおこした。

「チェギョン!チェギョン!大丈夫か!?」
ふらついて、蹲りそうになったチェギョンを寸でのところで抱きとめたシンは、チェギョンの体が少し熱く、発熱しているように感じた。

「チェ尚宮、すぐに病院への手配を!」

「はい、畏まりました」
通常は車での移動はあまりしない二人だが、何時も近くに翊衛士が車で待機している。

すぐにその車を近くまで呼ぶと、シンはチェギョンを抱きかかえたまま、車に乗り込んだ。

「連絡は?」

「はい、こちらでの主治医に連絡済です」
二人の立場上、どこの医師にでも見てもらえるわけではない。

シンは男性医師、チェギョンは女性医師の主治医が決まっている。

マカオで一番大きな病院の特別室に連れて来られて、その部屋に機材が運び込まれて検査が始まった。

診察は特別室の中の処置ルームで行われ、シンは病室のほうで待たされていた。




韓国人の女医が処置ルームから出てくると、
「殿下」
「どうなのだ!」
医師とシンの声が同時に発せられた。

「はい、妃宮様はご懐妊なさっておられるようでございます」

「!!!!懐妊!!子ができているのか!?」

「はい、2ヶ月になります」

「それで、チェギョンは、チェギョンの様子は、無事か!?大丈夫なのか!?」

「はい、妊娠初期によくある貧血の軽い症状でございます。まだ、悪阻は始まっておられないご様子ですが、やはり初期は流産の可能性も多少はございますので、しばらくは安静になさってください。
ですが、妊娠は病気ではございませんので、ゆったりとした気持ちでお過ごしになられるのが良いかと思われます」

シンが、医師と話していると、検査の済んだチェギョンが部屋から出てきて、シンの隣に座った。

シンは、チェギョンをそっと抱きしめ
「良かった、、、、チェギョン、ありがとう、、、、」
と耳元で囁き、笑顔で見つめ、チェギョンも嬉しそうにシンに微笑み返したのだ。


シンは、また医師のほうに向き直り、
「それで、いつごろなら、飛行機に乗れるだろうか?」

「そうですね、5ヶ月を過ぎた頃でしょうか、、、、今はまだお勧めできません」

「それは、分かっている。ただ、きっと、宮から帰れる時期を聞かれると思うからだ」

「、、、シン君、、、、、」

「チェギョン、何も心配はいらない。大丈夫だ、、、大丈夫だからな、、、、、」


シンの大げさなほどの言葉に、皇室にとっても、嬉しいことではあるが、今の二人にとっては手放しで喜ぶわけにも行かないことを、シンの表情から読み取ってしまったチェギョンだった。









ふわふわと、雲の上にいるような気分でチェギョンは目覚めた。

「チェギョン、、チェギョナ、、、大丈夫か?起きれるか、、、?」
聞こえる筈のない声で起こされると、これは夢なのではないかと、ゆっくりとチェギョンは覚醒して行った。

「シン君?、、、あれ、、、シン君がいる、、、」
まるで、夢の中にいるかのように、呟いて、また
目を閉じてしまったチェギョン。


「おい、夢じゃないぞ。
もう7時だ。そろそろ用意をしないとならないんだけど、、、まだ、愛し足りないか??」

「ふぇ?」

「ふぇってなんだ。本当に起きないと、またこうしてやる」
シンは、チェギョンに覆い被さるように抱きしめて、キスの雨を降らせようとした。

チェギョンは、やっと状況を思い出し、飛び起きた。
「起きたよ。起きました!」

「せっかく甘いキスで起こしてやろうと思ったのに、残念だな」

チェギョンは、近くにあったバスローブを慌てて羽織り、バスルームに駆け込んだ。

もちろん、シンもその後を追いかける。

ミラーに映ったキスマークだらけの体を見て叫びそうになったチェギョンの口を自らの唇で塞ぎ黙らせた後、シンは何とか自制して、その場を離れた。

そのまま、事を運びそうになったからだった。

シンはドア越しに「早くシャワーを浴びて、出ておいで」と言うと、自分は、着替えに取り掛かった。

チェギョンも、シンが、我慢をして出て行ったことがわかったので、手早くシャワーを浴びると、用意に集中した。




今回の措置は、二人に対しての詫びのようなものであるが、皇族である二人に完全な長期休暇は認められていない。

ただ、自国にいるよりは、少しは自由な新婚生活を送れる、というだけなのだ。

そして、そのためには、自分達の役割を果たすべきなのだった。

二人は、用意ができると、完璧な公の顔となり、大使館員と共にマカオ政府に挨拶に行った。

打ち合わせが済むと早速二人は、チェギョンが勤めていた博物館へと、向かった。

今までは、その身分を隠していたが、これからシンと行動するので、関係者には話をしておく必要がある。

館長以外は、職員全員が知らない事だったので、皆一様に驚きはしたが、これからの事を頼むと快く協力を申し出てくれたのだ。

二人が、ボランティアをして行く上で、現地スタッフの協力は、欠く事が出来ない。

博物館の皆の快諾を得て、二人だけでなく、尚宮、内官、翊衛士らは、やっと安心したのである。