はろはろ〜

今日の訃報、びっくりしたねー

わたし、コロナに関して正直
巷で言われてるような不安とか全然なかったのね

家にテレビないし

いまは肌の治癒で外の仕事は行ってないし

だからほとんど出かけてない

そして一人暮らしやから移る心配も移す心配もない

時々、父とか祖母の家に行くくらいかなあ


まあそのうち収束するやろうってあんま気にしてなかったのだけど

志村けんさんの訃報を知ったときは
さすがに動揺した


なんかね、胸がザワザワしてね

ああ、この感情はなんだろうってちょっと探ってみたの



そしたらね、「悲しみ」だった

志村けんの番組はテレビあったときも
そんなに見るわけではなかったけど

子供のころから目にしてきて

千鳥の大吾の話によく出てくるなあ

気のいいおじさんっていう感じで。

いっしょにいると楽しい親戚のおじさんが突然いなくなったっていう感じの悲しみ


プラス集合意識もあるのかなあ

いろんなタレントさんが悲しみのコメントしてるのを読んだりしたら、それに感情移入しちゃった



テレビに頻繁に出てるときに突然いなくなったら

たくさんの視聴者は、心に穴が空いちゃったような気がするやろうし

もちろん世代の人は思い入れがあるやろうし

そういう集合意識も勝手に感じてた




んでね、こんなときに、あえて希望を見る必要はないとおもったんよ

このザワザワという悲しみを感じきろうっておもったのよ

ポジティブがよくてネガティブがいけないなんてことはないとおもうの

ネガティブを引きずるのがよろしくないだけで。



だから、悲しむぞって決めて悲しむことにした。



そしたらね、悲しみから派生したコロナに対する恐れを持ち始めてたことに気づいたの



だから、恐れは要りません、って決めた



志村けんさん70歳、うちのお父さんは71歳やから

突然心配になっちゃったのよね

でも、恐れは要りませんって決めたら

心配するのはやめようっておもえた



人はいつかは死ぬもので

それは明日かもしれないし

10年後かもしれないし

だから、パパが幸せでありますようにって願ったよ

(友達いわく私はファザコンらしい笑)



「死」については20代のときにいっぱい考えたの

身内の死ってグサーって胸に突きつけてくるよね

そのことはまた書こうと思います♪




志村けんさん、お茶の間に笑いをありがとう

肉体を脱いだ瞬間、人間の抱くあらゆる感情って魂は持っていかないと思うんよ

だから、いまごろ空気の中を軽やかに舞ってる気がするなー
そうだといいなあ





あっと