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ミスワールドが相変わらずおこなわれていて、今年は中国でおこなわれたそうですな。で、優勝したのがアイスランドの女性で、ウヌーア・ビルナ・ウィルヒャルムスドティールさん(21)だそうです。

どうも名前からするにあまりヨーロッパっぽくもなく、顔だちも中東系?あるいはアジアかも、という感じの方ですな。

まあ、そこは別にして、肝心なのは職業で、警察官なのだそうです。まあ、警察官がミス・ワールドに応募してはけしからん、ということはないのかもしれませんが、一般的なイメージとしてはどうなんでしょう。面が割れる、というか、駐車違反の取り締まり中にもいろいろと話しかけられたりして、職務の遂行にあたってやりにくくなったりはしないんでしょうか。

まあ、余計な心配かもしれませんが。

それにしても、ミス・ワールド、まだやってたんですね。なぜこれがそれほど注目されなくなったのか、ちょっと考えたんですが、

1)審査をする立場が誰の目線なのか明確でない。
 実際、誰が審査してるのか知りませんし、どういうことをチェックしているのかもある時期から分かりにくくなりましたよね。

2)「世界で一番」になる、ということの意義があんまり感じられなくなった。
 スポーツだと、勝負という基準があり、そのなかで「勝てば強い」というのがありますから、世界中の人が集まって最後まで勝った人は「最強」なのです。怪我をしようと、緊張して実力が出せなかろうと、それは言い訳に過ぎず、とにかく勝った者はその時点での「最強」でしょう。でも「美」という抽象概念を異なる文化圏からの参加者で競うと、これはもう相対化を免れない、というか、結局「好き好きじゃん」、という所に落ち着いてしまいますよね。

3)「本当に美しい」人は他にもいることが分かってしまった。
 情報がこれだけ行き渡ると、世界中にきれい、と言われる人はいくらでもいるし、インターネットで画像だって手に入る。そうなると、女優さんやアイドルがきれいだ、という人もいるし、看護婦さんがきれいだ、という人もいるでしょう。ある意味では「美」にもプロの世界が存在するわけで、でもこういう場で審査されるのはあくまでも「アマチュア」でなければならない。

これらの制約を乗り越えたうえで、あえてこういうイベントを続けていく、というのはやっぱり話題づくり先行のマッチポンプとしての意義しかなくなってしまったのかなぁ、なんて思います。