
文房具屋に勤める主人公が、ある日何の気なしに書いた一行メモの企画「カンガルー・ノート」がなぜか通ってしまった事から始まる奇妙な体験のローラーコースターなんですが、そのきっかけが足に生えたかいわれ大根だというのがまたおかしいですね。大阪のO-157騒動との関係はないでしょうが。
で、かかった医院の看護婦とのやりとりが一つの縦軸にはなっています。主人公は性的な興奮をしばしば覚えているのですが、この人の作品にしばしば見られるように、無機質な描き方をされています。
移動のためのツールは病院であてがわれたベッド。それに点滴の道具やら、尿道につながれた袋とか、妙なディテール。そして繰り返し流れる三途の川の小鬼達の歌。終末を迎えつつある老人と安楽死。さまざまな道具立てがすべて「死」をめぐって展開されます。
普段よりもややそういう意味での主人公の心情が生々しい描き方をされているなぁ、とうすうす感じて、あとがきを読むと、なんとこれが筆者最後の長編小説だったのだそうです。晩年は体調不良と戦いながらの執筆だったのですね。主人公の最後の一言が「怖かった。」であるのも、また生々しさを感じさせます。
あとがきはドナルド・キーンさんなのですが、この小説を読んで最初はずいぶん笑った、と書いておられますな。正直言って、そんなに笑うほど面白い、ユーモアたっぷりの小説ではないのですが、不条理テイストはたっぷりです。あるいみ吉田戦車の不条理さをずいぶん前に小説世界に導入していた人かも知れません。ただ、キーンさんの言う、安部公房の「恥ずかしがり」ぶりは納得いった感じがしました。もう一度この人の作品読み直したくなりました。