栃木の少女の事件報道などをときどき聞いていると、「もう聞きたくない」と思う事があります。ディテールを報道する事自体がなくなった方や遺族に対する配慮を欠くのではないかと思いさえするのですが、同時に、このディテールを知ったからといって、次の犯罪を防げるのだろうか、という無力感にも似たものを感じるのです。
よくある誘拐事件や、犯罪の手口を報道するときも、あんまり詳しく伝えると、犯罪者予備軍に参考になるのではないかと冷や冷やする人間なので、そういうふうに感じるのかも知れませんが、もう一つはマスコミもそれをやれば客がつくからやる、と言う程度の認識で、わかった事はとりあえず全部伝えとけ、みたいな感覚がありはしないかと思うのです。
そんなわけで、世の中には困った犯罪が横行しているわけですが、同時にこうも思います。「本当にぼくらの時代はどんどん悪くなっているのだろうか?そうだとすればその原因は?」
犯罪を犯すような人間が人口として増えているのか、それとも昔からそういう人はいたけれど、社会全体に何らかの抑止力が働いていたために犯罪が起きづらかったのか、は一概にはいえないのではないかと思うのです。
近所で遊んでいるこどもを見る大人の目、というものが昔は今よりもはるかにたくさんあって、何かしようと思ってもそうそう手が出せなかった、ということもあるでしょうし、一日中家の縁側から外を眺めているお年寄りの数も多くはなかったか。こどもが一人で家にいる時間などあまりなかっただろうし、夜の9時過ぎまで塾に行くような事もなかったでしょう。
そんなすべての事がいまのこどもたちをより無防備で、攻撃の対象となりやすい存在にしているとしたら。ぼくらはよりよい暮らしをどうやって築いたらいいのか。新しいビジョンが求められているような気がしてなりません。
よくある誘拐事件や、犯罪の手口を報道するときも、あんまり詳しく伝えると、犯罪者予備軍に参考になるのではないかと冷や冷やする人間なので、そういうふうに感じるのかも知れませんが、もう一つはマスコミもそれをやれば客がつくからやる、と言う程度の認識で、わかった事はとりあえず全部伝えとけ、みたいな感覚がありはしないかと思うのです。
そんなわけで、世の中には困った犯罪が横行しているわけですが、同時にこうも思います。「本当にぼくらの時代はどんどん悪くなっているのだろうか?そうだとすればその原因は?」
犯罪を犯すような人間が人口として増えているのか、それとも昔からそういう人はいたけれど、社会全体に何らかの抑止力が働いていたために犯罪が起きづらかったのか、は一概にはいえないのではないかと思うのです。
近所で遊んでいるこどもを見る大人の目、というものが昔は今よりもはるかにたくさんあって、何かしようと思ってもそうそう手が出せなかった、ということもあるでしょうし、一日中家の縁側から外を眺めているお年寄りの数も多くはなかったか。こどもが一人で家にいる時間などあまりなかっただろうし、夜の9時過ぎまで塾に行くような事もなかったでしょう。
そんなすべての事がいまのこどもたちをより無防備で、攻撃の対象となりやすい存在にしているとしたら。ぼくらはよりよい暮らしをどうやって築いたらいいのか。新しいビジョンが求められているような気がしてなりません。