震災2年、米国からの民間寄付は合計684億円に

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1100A_T10C13A3CR0000/


国際交流団体、日本国際交流センター(東京都港区)は13日までに、東日本大震災の被災者に対する米国の民間寄付が発生からの2年間で、計7億1260万ドル(約684億円)に達したと発表した。

 外国の災害への寄付としては、スマトラ沖地震に伴うインド洋沿岸を襲った大津波(2004年)、ハイチ大地震(10年)に次ぐ額。米国から他の先進国への災害支援としては過去最大という。

 米国の企業やNPO法人、個人らからの寄付を集計、算出した。最も大口の寄付をしたのは米赤十字社(3億1200万ドル)で、国際非政府組織(NGO)セーブ・ザ・チルドレン(2615万ドル)などが続いた。

 日本国際交流センターは多くの寄付が集まった背景について「過去数十年間に日米間で築かれた強力な草の根の結び付き」を指摘した。

 米史上、最大の寄付が寄せられた災害は米南部を直撃した大型ハリケーン「カトリーナ」(05年)で、寄付総額は約53億ドルだった。〔共同〕
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130114-00000535-san-life


大阪府和泉市にある桃山学院大学。その教室で、10代、20代の若い学生たちに交じり、深い年輪のしわが刻まれた顔で、まっすぐ前を見つめる老人がいる。ピンと背筋を伸ばし、講義に集中する姿は、かえって若々しくも感じられる。この人は、大阪市東成区の自宅から同大学に通う村川信勝さん。なんと現在、99歳の聴講生だ。(中井美樹)

 ■最前列の真ん中が“指定席” 

 大学では、国際政治史や国際法の講義を受講しており、週に2回、電車やバスを乗り継いで、片道2時間近くかけて通っている。

 教室では、最前列の真ん中が、いつもの席だ。リュックの中から、小さな座布団を取り出し、いすに置いて着席。細かい文字を読むためのルーペやノートを準備して、授業の始まりを待つ。

 講義の時間は約90分間。その間、常に集中する姿は崩れることはない。講師らの声にじっと耳を傾けメモをとり、板書についても一文字も漏らさないように書き写す。

 授業用のノートのほかに、家には清書用のノートがある。

 「分からない言葉は当て字で書いておいて、家で清書しながら調べる」

 まさに、受験生も“顔負け”の向学心だ。

 ■家計が許さなかった勉強への思い

 「勉強したい」という思いは、少年のころから抱き続けていた。

 しかし、尋常小学校を卒業後、すぐに働きに出ざるを得なかった。「中学に上がって勉強したい」という願いは、家計が許さなかった。

 戦前だった当時、村川さんの周囲も含めて「みんな貧乏な時代やった」という。「わしはよくても、成績のよいやつはかわいそうでな。一緒に泣いたこともあった」

 夜間学校なら進学させもらえるだろうか-と独学で勉強し、商業学校の編入試験に合格したが、父親は認めてくれなかった。

 そして、太平洋戦争では、ビルマ戦線に衛生兵として送られた。敗走中に砲弾を受け、数え切れないほどの仲間の死も目の当たりにした。さらに、戦場は飢えとの戦いであったとも。「オタマジャクシも、ヘビでも、なんでも食べた」。餓死した仲間も多かったという。

 「なんで自分が生き残れたのか分からない」。そう思うほど壮絶だった。

 帰国後は、紳士服の縫製工場で勤め、退職後も技術指導などを続けていたが85歳でリタイア。93歳のときに同大学の聴講生になり、子供の頃からの「勉強したい」という夢を、ついに実現させた。

 きっかけは、大阪府庁でたまたま見かけた桃山学院大学の聴講生のパンフレット。「大学生と一緒に勉強ができるんか」。胸が躍った。

 ■大学通いの支えは、尽きない好奇心

 これまで、日本史や世界史、国際法などを受講。これらを学んできた理由としては、自らが体験したあの戦争がなぜ起こったのか-その背景を明らかにしたいとの思いがあるからだ。そして、勉強を重ねるごとに、国際的な対立は、戦争ではなく、外交的努力で回避すべきだとの思いが募っている。

 「大阪・梅田の地下街でも、今はみんなきれいな格好して歩いているけど、戦争が終わったとき、子供らは真っ黒の顔をして地面にへたり込んでいた。それを見たら、戦争みたいなもんは、絶対アカンと思うわな」

 一方で、自身の大学通いを支えているのは、尽きることのない好奇心だとも。そのひとつとして、英会話の講座にも挑戦したという。「最近は、広告も英語で書いてあって、何を書いてるか分からない。勉強したので、今は字引があれば、だいたい分かるようになった」

 平成10年に妻を亡くしてからは、一人暮らし。子や孫もいるが、「一人のほうが気楽でええ」。

 料理も自分でする。「失敗することもあるけど、まあ戦地のこと思ったらなんでもおいしく食べられる」と笑う。

 大学の講義がない日には、趣味のカメラを楽しむ。この冬は、大阪湾に沈む夕日を狙うつもりだ。

 そんな村川さんだが、12月で100歳になる。

 「103でも、105になっても聴講生は続けたい。世の中にはいろんな知らないことがあるもんな」

 ■むらかわ・のぶかつ 大正2年12月生まれ。平成19年から、桃山学院大学で社会人聴講生として在籍。同大学の社会人聴講制度では、正課授業の一部で聴講を受け入れているほか、社会人向け科目が開講されており、24年度は約500人が在籍している。
素晴らしい。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121201-00000543-san-ent


華やかな顔立ちに抜群のスタイル…。妖艶なセクシー女優のイメージが強い杉本彩さん(44)には、実は熱心な動物愛護活動家の顔がある。もともと京都出身だが最近、再び京都市民になった縁で市のイベントに協力したり、今月6日には同志社大のシンポジウムにも参加。もちろんボランティアだ。愛護活動には費用がかかるため、芸能活動に加え、美容関連のビジネスにも本腰を入れ始めた。一見すると、結びつかない「美」と「動物愛護」。それも動物たちの命を救うため、自身の知名度とイメージを活用した杉本さんならではのアプローチだ。(山上直子)

【フォト】哀川翔“犬バカ”ぶり発揮!愛犬ゴコ君と登場

 ■「里親」続けイヌ3匹とネコ10匹

 「でんちゃん、緊張してるの? 写真撮られるの、初めてなのね」。オスのロングヘアーチワワ、でんじろうは杉本さんのやさしい声に、大きな黒い目をゆっくりとしばたたかせて応えた。

 現在、京都市内の自宅でともに暮らすのは、イヌ3匹にネコ10匹。イヌはすべて、悪質な繁殖業者が経営破綻して保護されていたのを引き取った。ネコも、東日本大震災の被災ネコやその子供もいて、自宅の中はにぎやかだ。

 驚いたのは、人間の赤ちゃん用の小さなベッドに寝かされた黒ネコのさくら。小脳に障害があるため、歩くこともできず寝たきりという。たまたま見学した行政の施設で出会った。「この子は間違いなく処分だなと思ったら、やっぱり見て見ぬふりはできませんでした。本当に引き受けられるかすごく悩んだんですけれど」

 重い障害があっても、さくらは時折大きな声で鳴いて自己主張する。必死で食べ、からだじゅうで「生きたい」というエネルギーを発散させている。それが動物の本能だからだ。「動物がすごいのは、今を生きることがすべてだということ。人間は後ろを向いてしまうこともあるけれど…。さくらのそんな姿に、生きることの本質を教えられます」

 ■化粧品にジュエリー…ビジネスウーマンの顔

 もともと子供の頃から動物好きだった杉本さんだが、ボランティア、そして本格的な愛護活動へと進む中で、一時、自分が代表となって施設を運営することも考えた。「でも、私よりはるかに知識を持って活動している人が大勢いる。その活動がより広くスムーズにいくように応援するのが私の役割じゃないかと思うようになって」

 女優の知名度を生かした広報・啓蒙(けいもう)活動。「杉本彩」という人間だからこそできる最大限の関わり方を、いまも模索している。とはいえ、ボランティアで愛護活動に取り組んでいくには当然、資金がいる。「もともとあまり好きじゃなかった」という芸能活動にいっそう本気で取り組む決意が生まれたのも、愛護活動ゆえだ。「目的がはっきりしたので、生まれて初めてお金がほしいと思うようになった」と笑う。

 テレビやCMなどでの芸能活動に加えて、本腰を入れ始めたのがビジネスだ。自らの化粧品ブランドや美容茶、ジュエリーブランドとのコラボレーションなど、杉本さんならではの、いわば「美のビジネスモデル」を構築しようとしている。

 ■ふるさと京都から発信

 一方、さまざまな愛護活動に参加する中で、現在、京都市が計画している「京都動物愛護センター(仮称)」を応援するため、チャリティーイベントを企画中だ。6日に京都市上京区の同志社大学(神学館)で開かれる公開シンポジウム「動物愛護のために私たちに何ができるのか」にもゲストで出演する予定。学生だけでなく、広く一般にも参加を呼びかけている。

 杉本さんが取り組もうとしているのは、単に動物虐待の防止や捨てネコ・イヌの保護という“川下”の問題だけではない。ガラスケースに入れた命を売り買いする日本のペット産業のあり方そのものを問い直し、人々の意識、社会の関わり方にも至る大きな課題だ。一筋縄でいかないのは百も承知だが、それでも、「自分の人生で明確な目的を持てたことって、しあわせだと思うんですよ」と笑った。
http://ameblo.jp/koutamatsuda/entry-11414203369.html#main



「なぜ経営者をやめて国会議員になったのか?」


「私が経営者になった目的は、最終的に『日本の素晴らしさを世界に伝えること』です。経営者としての入口はスペシャルティーコーヒーでしたが、その後は中高生のころからの目標だった和食や日本文化を広げる為に、単身でシンガポールに行っていました。その時、海外から衰退しきった日本がはっきり見えて、日本の素晴らしさを伝える前に、まずは日本をもう一度元気にしないといけないと気づきました。そこで、一度政治家として頑張ってみよう!と決心したのです」


そう答えると、やっと理解できたと言われます。
やっぱり若者には「政治家」よりも「経営者」の方が格好良い仕事に見えるのかもしれません。


しかし、本来、国会議員は「国の経営者」。
だからこそ、国が厳しい時は、自分たちの給与を率先して削らなくてはおかしいのです。


そのような「覚悟の経営」を実現し、若者たちの目から見ても政治家は「尊敬できて恰好良い」仕事だと思われるようにしたいと常に思っています。

よし。よい。

http://mainichi.jp/select/news/20121101k0000m010072000c.html


河村たかし名古屋市長が率いる減税日本10+件は31日、国政政党としての設立届を東京都選管を通じて総務相に提出した。河村氏は同日、国会内で記者会見し、「中央集権打破、(外交では)言うべきことは言う時代が来た。時代を転換する大きな流れをつくっていく第三極は非常に重要だ」と強調。橋下徹大阪市長の日本維新の会や、東京都知事を辞職した石原慎太郎氏が近く結成する新党との連携に意欲を示した。

 河村氏が引き続き代表を務め、代表代行兼国会代表に小林興起衆院議員(比例東京)、幹事長に小泉俊明衆院議員(茨城3区)がそれぞれ就任した。所属国会議員は、29日に民主党に離党届を提出した熊田篤嗣衆院議員(大阪1区)と水野智彦衆院議員(比例南関東)を加えて5人になり、政党要件を満たした。

 河村氏は「商売を盛んにする政治、庶民が笑える政治をつくる。政治の信頼を取り戻す」と決意表明。反増税や議員歳費半減などの政策にも改めて言及した。自身の国政復帰については「市政に全力投球している」と否定した。

 一方、橋下氏は31日、減税日本10+件に参加した熊田氏を名指しして「労働組合から全面的な応援を受けていたとも聞く。政策協議以前の問題となる」と批判。同党との連携には難色を示している。

 減税日本は10年4月に名古屋の地域政党として発足、11年3月の名古屋市議選で第1党に躍進した。当初、国会議員は佐藤夕子衆院議員(愛知1区)1人だったが、河村氏は消費増税法案に反対した議員らに入党を働きかけていた。次期衆院選では全国に100人程度の擁立を目指す。【光田宗義、三木幸治】

http://genzeinippon.com

ラーメン屋のオヤジがニコッとする政治、これ、経済学基礎。日銀資金循環統計(経済血液検査だがね)。


よい。

経済の根本をわかっとる。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121030-00000301-bjournal-soci


給与、勤務時間、休日など労働条件が労働法に違反している、もしくはその企業が行っている事業そのものがなんらかの法令に違反しているなど、決して他人に入社を勧められない企業のことを「ブラック企業」という。そんなブラック企業の実態に迫ってみた。

●入社して、この会社おかしいと思ったなら?

 どのような会社でも、入社前、外からでは、その内情をうかがい知ることはできない。では、もしブラック企業に入社してしまった場合は、どうすればいいのだろうか。できるだけ早く、まっとうな企業に転職するしかないだろう。決して我慢して長く勤めようと考えてはいけない。

 なぜなら、そもそもブラック企業の経営者は、社員の人生を背負っているという発想がないのだ。労働の対価である給与もできるだけ安く抑え、なんだかんだ理由をつけて、踏み倒すことさえ厭わない。

 事実、従業員30名程度を擁するあるIT企業経営者のA氏は、自らをブラック企業経営者と認めたうえで、「従業員は敵だと思っている。いかに安くこき使い。文句を言わせず、上手に辞めさせるかだ」と言い切る。従業員サイドに立ってみれば、こんな企業に長居し、忠誠を誓ったところで人生を空費するだけだ。

 A氏は採用時、労働時間、待遇などに文句を言わず、黙々と働きそうな「使い勝手のいい人材」のみを採用するという。A氏に詳しく話を聞いてみた。

●使い勝手のいい人間を採用して、こき使う

ーー「使い勝手のいい人材」の基準というか、見分け方は?

A氏 人の上に立とうとか、そういう野心がない人間。人に使われるしか能のない人間だ。学歴はあまり関係ない。真面目で、人を疑うことを知らず、そこそこ育ちがよくて、素直に人の言うことを聞く、それでいて責任感が強いかどうかだ。

ーー御社における社員の待遇は? 給与や、勤務時間、休日などを教えてください。

A氏 給与は月に13万5000円。残業代はない。勤務時間は一応、朝9時から夕方5時まで。昼休みも1時間ある。しかし社員はみんな、自発的に朝は8時には会社に来ている。夜も自発的に終電に乗れるまでは働いている。泊まり込みも自発的に行ってくれている。月2回は土曜日も出勤。そうしないと仕事が回らないからね。

ーー本当に、それだけの勤務時間を要するほどの仕事があるんですか?

A氏 ない。意図的に「仕事のための仕事」をつくって、長時間働かせているだけだ。

ーーなぜ、そのようなことを?

A氏 長時間働かせ、ピリピリした社内の空気に長く触れさせることで、余計なことを考えさせないようにするためだ。今の言葉でいえば「社畜」というのかな。そうすることが目的だな。

ーーそれにしても、条件面ではかなり厳しいですよ。社員の方は文句を言わないですか?

A氏 文句を言うような人間は採用していない。文句や不満を言わせないよう、社内の雰囲気を日頃からつくっている。また最初にガツンとやっているので、社員から不満だの文句だの出ない。

ーー最初にガツンとやるとは、どういうことをやるのですか?

A氏 仕事でミスがなくても、些細なことで厳しく叱責する。そしてそれをしばらく続け「このような仕事ぶりでは給与は払えない」と言う。「お前はこんなにミスが多いが、それでも給料を払ってやってる」と刷り込む。つまり経営者である私を怖いと思わせることだね。

ーーミスは徹底的に責めるというわけですね?

A氏 ミスに限らない。勤務時間中の私用メールや電話、新聞など読んでいても「私用」としてどやしあげる。これで社員へのにらみは利く。もっとも、褒めるときには褒める。「アメとムチの使い分け」も重要だ。

●劣悪な環境に慣れさせて、たまに優しくする

 このIT企業経営者がいう「アメとムチ」は、劣悪な環境、雰囲気に慣れさせ、たまに優しくすることで、社員の喜びをくすぐるというものである。

 例えば、この企業では、労働基準法で定められた休暇の取得すら、一切認めていない。休暇が認められるのは、風邪をひいたなどの病欠時のみだ。この部分がムチである。ただし、たまに仕事量が少なくないとき、1000円程度の昼食をおごる、3000円程度の夕食をおごり、早めに帰す……これがアメだという。A氏は、「日頃から厳しくしている分、たまにある『アメ』の部分で、社員は自分が認められていると思い込む。その心理につけ込むというわけ。これで社員は私の言うことを聞く」という。

 引き続き、話を聞いてみよう。

ーーもし社員が、労働基準監督署にでも告発したら?

A氏 そういうことを考えさせないために、仕事を増やし、拘束時間を長くし、にらみを利かせてプレッシャーをかけている。

●社員が定着しないための環境づくり

ーー長くいる社員の方は、やはりその方が定年を迎えるその日まで、大事にされるおつもりですか?

A氏 それはない。年齢が高くなれば、それだけ給料も上げなければならない。長くてもせいぜい5年、できれば3年くらいで出て行ってもらいたい。

ーー誰しも、せっかく就職した会社を3年から5年で退職したいとは思わないでしょう?

A氏 それは居心地がいいところなら、それでもいい。しかしうちは、まだまだそんな居心地のいい会社にできる余裕もなければ、するつもりもない。3年から5年で自発的に辞めてもらう。

ーー皆さん、そのくらいの期間で都合よく辞めてくれるものですか?

A氏 1年目、2年目で、とにかくどやしつける。ただし、少し仕事を覚えてきたら褒める。この頃が一番使い勝手がいい。でも、仕事の振り分けで、うちに長居しても同業他社で通用しそうなスキルなどは絶対に身につけさせないようにしている。それに本人が気づいて、休暇も認めていないので、転職するにはうちを退職するしかないと気づかせるのです。もちろん自発的に退職するときには、盛大な送別会はする。それが退職金代わりになるというわけだ。

ーー古株で、仕事を覚えているような方の場合は、どうやって辞めさせるのですか?

A氏 仕事の面で無視する。使い勝手がよくなると、ある程度権限を与えて、新人の指導もさせているが、些細なきっかけでいいので、新人の前で叱りつけ、それまでの権限を取り上げる。これで普通は辞めていく。

ーー起業家として、そうした経営に思うところはありませんか?

A氏 まったくない。今は一人一人が経営者という時代だ。社会保険料まで、こちらが支払って、その恩恵を受けているのだから、それで十分だろう。嫌なら自分が経営者になればいい。企業経営とは、従業員をいかに効率よく働かせるかだ。もっともそれは社員のためではなく、私の会社のためだ。そこを履き違えてはいけない。

●さっさと見切りをつけるにしても……

 これでは、とても企業として発展するとは思えないのだが、ある経営コンサルタントは、こうした経営姿勢について「確かに発展はしない。しかし経営を維持するという面では、あながち間違いではない」という。

 また、こうしたブラック企業、経営者の下で働いた経験のある人は、「少ないながらも貯金ができて、退職し、失業保険で食いつなぎつつ、再就職に向けた活動を行うと、労働基準監督署に告発しようという気もうせた」と話す。

 もしブラック企業に入社してしまった場合、さっさと見切りをつけて退職したほうがよさそうだが、一歩間違えればドツボにハマる可能性があるという。ある労働基準監督官は、次のような本音を漏らす。 

「早期退職で、きちんと仕事をしていない……、ゆえに会社に迷惑をかけたなどの理由で給与の支払いを拒んだり、逆に違約金を支払えという企業もある。あまりに労働者側に立った労働基準監督行政を行い、企業を閉鎖、倒産に追い込むと、それはそれで問題となり、我々もそうしたことを嫌う傾向がある。どのような仕事でも、給料をもらえる仕事をしている以上、従業員側が耐えてもらいたいというのが本音」

 いやはやブラック企業に入社してしまうと、泣き寝入りしかなさそうだ。
(文=秋山謙一郎/経済ジャーナリスト)

https://twitter.com/kawamura758

正しい経済学に基づいた、まず商売を盛んにする政治、やりますがね。


商売を盛んにする政治やりますがね。それが、働く人の所得になり、ほんで消費に。ラーメン屋のオヤジがニコッとする政治、これ、経済学基礎。日銀資金循環統計(経済血液検査だがね)。


よい。

経済の根本をわかっとる。