http://www.asahi.com/articles/ASJ7F5FV1J7FULFA024.html

子どもの貧困解消のための寄付を募る「子供の未来応援基金」について、安倍晋三首相は13日、基金に夫婦で4億円の寄付をした埼玉県狭山市在住の住宅会社会長、河野経夫さん(74)と妻の敏子さん(68)に感謝状を贈った。

特集:子どもと貧困
 同基金は、貧困家庭の子どもを支援するNPO法人への助成などを目的に、官民で昨年10月に創設。夫妻の寄付を含めて寄付総額は計6億1779万円(6月26日現在)まで増えた。経夫さんは記者団の取材に「猛烈な少子化で、このままだとこの国は終わると思った。なんとか子どもたちを支援する起爆剤になればと思った。この基金の話を聞き、1分で(寄付を)決めた」と語った。
もう10年以上前になるな~
スゴイ秘訣を聞いたことがある。
もちろん今でもそうでいらっしゃるのだが、北原 照久さんが奥様と凄くラブラブな雰囲気で、
凄く素敵な友人たちにも囲まれていらっしゃってて。
どんなコミュニケーションをされているのか知りたくて、その秘訣を聞いたことがある。
幾つか教わったのだけど、その中でも凄く凄く凄くカンタンで、
凄く凄く凄く効果がある「褒める技術」と言うのがあってね。
大袈裟に言うわけじゃないけど人生を激変させるくらいの効果があったのさ!
めちゃくちゃ良いので今日はこれをお伝えするねー
例えば、自分が社長で、バイトA君とバイトB君を雇っているとしよう。
それぞれA君とB君を褒める時、とても効果的な方法があるというのだ。
A君と自分が2人きりの時、そこに居ないB君のことを褒めるのだ。
そして、B君と自分が2人きりの時、そこに居ないA君のことを褒めるのだ。
するとA君とB君が休憩室とかで2人になった時、
「社長が君のことを、こう言って褒めてたぞ!」
「ええ?本当?社長は君のことも、こう言って褒めてたぞ!!」
と盛り上がるそうな。
直接褒めるよりも、こうして第三者を通じて褒め言葉を伝えると、
褒められたという嬉しい気持ちがぐっと上がるとのこと。
他にもこんな活用法を教えてくださった。
自分の子どもと2人きりの時
「君のお母さんの料理は本当に美味しいだろう?日本一美味しい料理なんだぞ!だから幸せだよな。」
と言うと、子供がお母さんに
「あのね、パパが言ってたんだけど、ママの料理は日本一美味しくて幸せだって言ってたよ」
と伝えるそう。
するとママは大喜びという。
北原さんはこれを
「陰褒め」
と名付けていた。
「陰口は絶対ダメだけど、陰褒めは凄く良い!」
とおっしゃるのを聞いて、教えてもらった頃、陰褒めをマイブームにしていた。
それでねー
ほんと、これ、効果絶大!
相手を直接褒めることも素晴らしいが、陰褒めは本当に良い。
そして陰褒めやってて気がついたのは、とてもスバラシイ副作用がいくつもあったこと。
そのスバラシイ副作用を紹介しよう♪
スバラシイ副作用その1
【自分が褒められるようになり、周囲からの好感度がバリバリ上がった!】
陰褒めをしていると、周囲から自分の評価が凄く上がることに、割と早い段階で気づくんだよねー。
陰口が早く伝わるように、陰褒めも凄く早く伝わるみたいでさ。
それで常に周囲の人の良いところばかり言ってたら、そりゃー好かれるよねー。
「晃ちゃんといるとさー、自分でも気がつかない良いところをいっぱい発見してもらえるから
嬉しいんだよなー」
って言われるようになったりして、かなり喜んでもらえて驚いた。
スバラシイ副作用その2
【その人がいないところでも褒めたくなるような友人が増える】
まぁ俺は照れ屋さんの部分があるので、友人をヤジったりすることも多々あるが、
基本リスペクト出来る友人に囲まれるようになった。
本当、スゲーなとソンケーできちゃうのだ。
尊敬出来る友人がいるっていうのは、結構幸せなことなのだ。
陰褒めしていると、自然と良い友人に囲まれるようになるよー
スバラシイ副作用その3
【結婚できた!】
先週、北原さんの塾で、ゲストスピーカーとして少しお話をさせていただいた。
その時ハッと気がついたんだけど、結婚できたのは、この陰褒めの影響が絶大だったってこと!
7年前に結婚も視野に入れてお付き合いしたいなぁと思うような女性と出会えた。
どうにかしてお付き合いしたいなぁと思った時、俺が取った手がある。
そう陰褒めなんだ!
共通の友人たちに、彼女の素晴らしい部分を褒めまくっておいたのだ。
すると、共通の友人たちが彼女の前で俺の素晴らしい部分をいっぱい言ってくれるんだよね~
で、当時彼女(まぁ付き合う前だから彼女にすらなっていないんだけど)は
「なんかねぇ、不思議と出会う人みんなが、晃ちゃんのこと大絶賛するのよね」
と言っててお付き合いに発展し、今の結婚生活に至っているのだ。
これ、陰褒めやってて本当に気がついたんだけど、陰褒めしまくっていると、
最終的に自分が陰褒めされまくるってことなんだよね。
これもう体感しまくっていたので、確信犯的にやっていて(笑)
あまりにも天然でやっていたけど、源流は北原さんに教えてもらったからだーって先週気がついて。
とにかくひたすら北原さんに、お礼を言わせてもらってね(笑)
こんな素晴らしい方法をすっかり忘れていたので、シェアしておくね。
そういえば、最近あまり嫁さんを陰褒めしていないなぁと自戒も含めてシェアしておきます(笑)
本田晃一


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前橋育英(群馬)の監督、荒井直樹は常に「平熱」の人だ。

「監督のすごいと思うところは?」という質問に対し、一塁手の楠裕貴は、真っ先に「怒らないところ」と答えた。

「野球以外のことでは厳しく注意されることはありますけど、声を荒げたりすることもない。1カ月間、ほとんど誰も注意を受けないこともある」

 延岡学園(宮崎)との決勝戦で、4回裏に3点先制されたときも、5回表にすかさず同点に追いついたときも、ベンチ前に立つ荒井が喜怒哀楽を表現することはほとんどなかった。

「ここまできてドタバタしてもしょうがないので。ガツガツやってもいいことないじゃないですか」

 指揮官も、選手も、強さの理由を尋ねても「特別なことは何もしていない」と繰り返した。逆説的だが、強いて言えば、それが「特別」だった。

 荒井の座右の銘は「凡事徹底」。今年のチームとこれまでのチームはどこが違うかと問うと、こう答えた。

「毎朝、散歩しながら15分間ゴミ拾いをしているんですけど、今年はそういうこともきちんとできるチーム。本物というのは、そういう平凡なことも、きちんと積み重ねることができるチームのことだと思うんです」

「インコースの打ち方を覚えるよりも、まずはトイレをきれいにしろ」

 指導の礎としたのは、日大藤沢(神奈川)を卒業し、1983年に就職したいすゞ自動車での経験だ。

「インコースの打ち方を覚えるよりも、まずはトイレをきれいにしろ、靴をきれいにそろえろ、というチームだった」

 入社当時、チームは低迷期で大学生相手にも負けてしまうほどだった。入社7年目に都市対抗の本戦に出場したときは、実に18年振りだった。

 ただ、そんな気風が荒井の性に合ってもいた。

「社会人で13年間やらせてもらったけど、常に『クビ候補』の選手だった。ピッチャーを失格になり、外野手もダメで、内野手になって、ようやく少しずつ試合に出させてもらえるようになった。すぐにできるタイプじゃないんです。そういうセンスがないんだと思う。じっくり、じっくり、なら何とかなるんですけど」

 そして荒井の退社後、2002年にいすゞ自動車は全国制覇を成し遂げた。時間はかかるが「凡事徹底」はあらゆるところに生きることを確信した。


強いと思ったことはない。でも、どこよりも我慢強い。

 いすゞ自動車が優勝した年は、荒井が前橋育英の監督に就任した年でもある。いすゞ自動車は優勝を花道に休部が決まっていた。そこで荒井は「いすゞ自動車の意志を継ぎたい」と前橋育英のユニフォームをいすゞ自動車とまったく同じデザインのものに変更した。

「ラインの太さも、帽子のマークの角度が5ミリぐらい上がっているのも、そっくりなんです」

 そんな荒井の思いが反映したのだろう、前橋育英も、時間はかかったが当たり前のことを辛抱強く継続できるチームに成長した。

「強いと思ったことは一度もないんです。相手をねじ伏せるような力があるわけじゃない。でも、どこよりも我慢強い。そういうチームになったとは思います」

 それを象徴していたのが準々決勝の常総学院(茨城)戦だった。

 0-2と2点リードされ、9回2死走者なしまで追い込まれた。しかし、そこから同点に追いつき、延長戦でサヨナラ勝ちを収めた。

 決勝戦も4-3と1点リードで迎えた最終回、無死一、二塁のピンチを招いたが踏ん張った。

「バックネット裏の人たちまで向こう(延岡学園)を応援してましたからね。これはピッチャーも大変だろうなと思いながら見てましたけど」

「たとえ負けても自分のやり方を変えることはなかったと思います」

 前橋育英の監督就任から11年間、周囲の人間に「甘い」と言われながらも自分のスタイルを貫いた。

「僕の中で当然と思えることをやってきただけ。怒ることが指導ではない。勝ったことでそれを証明できたと思う。でも、それをあえて言うつもりもないし、たとえ負けていても自分のやり方を変えるということはなかったと思います」

 荒井はあくまで穏やかな口調でそう語った。

 誰にでもできるようなことを誰にもできないくらい長い時間、積み上げた。それが荒井の指導者としての最高の才能であり、前橋育英の強さだった。

http://number.bunshun.jp/articles/-/655311?page=2
前橋育英と延岡学園の美しき決勝。両校が見せたクリーンファイトの爽快。
Number Web 8月23日(金)16時1分配信
「振ってくれ」と叫びそうだった。

 8月22日の決勝戦。9回裏、2死一、二塁、延岡学園(宮崎)の9番・奈須怜斗は、1ボール2ストライクと追い込まれていた。点差は1点。一打が出れば同点の場面だった。

写真付きの記事はこちら

「見逃し三振」という打者にとってもっとも悔いが残る結果よりも、振りにいっての結果の勝敗であってほしい――強くそう願った。

 結果は空振り三振。

 その瞬間に、前橋育英(群馬)の優勝が決まった。

 もっとも、私は特に延岡学園を応援していたというわけではない。

 4回裏に延岡学園が3点を先制し、その直後の5回表に前橋育英が同点に追いつく。7回表に前橋育英が1点を勝ち越すという白熱の好ゲームに、両者がすべてを出し切った上で試合が決着してほしい、と願っていただけなのだ。

 この試合には両者の勝った負けただけではない、大きな何かを感じられずにはいられなかったのだ。

■対戦相手の捕手に駆け寄って、手当をした一塁コーチャー。

 今も心に残っているシーンがある。

 それは9回表、1死三塁での出来事だ。

 タイムリーが出れば、前橋育英に1点が加わり、試合の大勢がほぼ決まる。そんな展開で、前橋育英の5番・小川駿輝が2-2からの6球目に打ったファールチップが、延岡学園の捕手・柳瀬直也の右手に直撃した。

 柳瀬はその場にうずくまった。

 すると、前橋育英の一塁ベースコーチャーの富田恭輔が柳瀬のもとへ走り出した。

 一塁コーチャーは自軍の打者が死球を受けた時のために、ズボンのポケットにコールドスプレーを用意しているのだが、富田は相手捕手がうずくまるのを見て、駆け寄ってきたのだった。

 この数分間、実に温かい空気が流れていた。

 コールドスプレーで柳瀬の痛みを和らげようとする富田。柳瀬はグラブとマスクをその場に置いたのだが、打者の小川はそれを手に持ち、柳瀬の回復を待っていた。

 この試合では、そうした相手を思いやる姿勢が随所に表れていた。

 打者がキャッチャーのマスクを拾う、あるいは、キャッチャーがバットを拾う。全国大会、それも決勝戦の舞台の、緊迫した場面でもその所作を怠らない両校の生徒に、野球以外の力を感じた。

■勝つことよりも、人間性を誉められる方が嬉しい。

 前橋育英は「凡事徹底」という言葉を掲げ、小さなことを積み重ねて強くなってきたチームだった。全力疾走やカバーリング。日常生活においては、挨拶や時間厳守、掃除を重んじ、人間性を高めてきた。荒井直樹監督は言う。

「野球以外の面で重視しているのは、服装と時間、清掃などです。服装が乱れたら、社会では生きていけません。時間はただ、集合時間に間に合えばいいということではなく、提出物をきっちり守るとか、『間に合う』ということが大切。掃除については、片づける人間か片づけられない人間なのかどうか。野球の試合の中には、『試合を片づける』という部分がありますし、そこにつなげて話をします」

 一方の延岡学園も、日々の積み重ねを重視するチームだった。

 野球の練習だけではなく、日常生活・学校生活で自身を律する。挨拶やゴミ拾いなどの当たり前のことを当たり前に繰り返してきた。重本浩司監督は言う。

「うちの学校は大峡町というところにあるのですが、甲子園の出場が決まった時に、町の方から今年は甲子園に行くんじゃないかと思った、と言われました。挨拶や普段の行動を見て、今年は違うと思ってくれたそうです。僕は、勝ったことよりも、そう言ってもらえたことが嬉しかった。今年の3年生は普段の生活にしても、寮生活にしても、コツコツと積み重ねてきた。人の良さ、人間性はあると思います」

■キャッチャーマスクを打者がわざわざ拾う行為も「普通のこと」。

 両者は似通っていた。

「僕らは凡事徹底というテーマを掲げていたんですけど、試合後に聞いたら、延岡学園もそうだったらしいです。お互い、同じ目標を掲げていたので、感じるものがありました。延岡学園はいいチームだった」と前橋育英の遊撃手・土谷恵介が言えば、右太もも肉離れで1回にベンチに退いた延岡学園の二塁手・梶原翔斗もこう語った。

「ベンチで試合を見ていて思ったのは、お互いが正々堂々と試合をしているということでした。『凡事徹底』というのがプレーにも出ていたし、普段の生活の積み重ねを大事にしているチーム同士が今年の決勝の舞台に揃ったんだなと思いました」

 念のため、ファールボールを追う際に放ったキャッチャーマスクを相手チームの打者が拾う行為について選手に聞いて回ってみたのだが、どちらのチームの選手も「当たり前のこと」と特別なこととは受け止めていなかった。前橋育英のエース・高橋光成は2連投で明らかに疲れている中での出場だったはずなのだが、それでも打席に入った時にはキャッチャーマスクを拾うことを忘れなかった。そのことを質問すると、「普通のことなんで」とサラリとコメントした。荒井監督は言う。

「疲れていることと、気付くことは切り離して考えています。楠(裕貴)が今大会の試合で、チャンスにキャッチャーフライを打ったんですけど、その時にマスクを拾ってキャッチャーに渡してからベンチに帰って来たことがありました。楠は今大会打てなくて迷惑を掛けたって言っていたんですけど、僕は楠のその行為がすごく大事なことだよって話しました。凡打して悔しいと思うけど、その瞬間に次の事が始まっているわけですから、次に切り替えられるんです」

■勝利に固執し過ぎ、様々な問題が出てきた高校球界。

 昨今の高校球界では、さまざまな問題が噴出してきている。

 勝利に固執するあまり、相手を思いやる気持ちに欠けるプレーを行うチームが増えている。

 今春のセンバツでは、ホームのクロスプレーでメジャーリーガーばりのタックルをお見舞いしたチームがあったし、今大会でもサイン伝達などが問題となった。

 そんな中で、決勝戦は実にクリーンファイトだった。

 前橋育英の一塁コーチャー・富田は言う。

「相手チームがいるから野球ができる。野球人として、人としてしっかりしなければいけないと監督から教えられてきました。コールドスプレーを持って行ったのは、監督から言われたわけではなく、いつものことです」

 9回裏、1死一、二塁。延岡学園の8番・柳瀬がキャッチャーフライを打ち上げた。

 前橋育英の捕手・小川はマスクを外して三塁ベンチ手前まで追い掛けてスライディングキャッチした。あとアウト一つとなった状況で、小川のキャッチャーマスクを拾い、手渡したのは延岡学園の次の打者で、結果的には最後の打者となる、奈須だった。



http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130823-00000003-number-base