なぜか昔から”手”にとても興味を持っていた。初めて人に会った瞬間にまず最初にその人の手に目がいってしまうぐらい人の手の形、指の長さや手のひらの厚み、色、しわの付き方まで観察してしまう、 そう何を隠そう私は手フェチなんです。
なぜか、いつかからかは全くわからないのだが、、
-小さいころ大好きなおばあちゃんの手の温もり
-気分が悪くなった時にお父さんが大きな手で背中をさすってくれた記憶
-ばあちゃんの手作りの味噌汁の身体に染み渡る味
などなど度々人の手によって自分の心がスーッと楽になって安心と温もりを感じた経験は大人になった今でもはっきり記憶している。
話は5年前にさかのぼる、
その当時私は20年間住んでいたニューヨークから帰国したばかりで土地にも慣れず心身共に疲れていたところでその上、自分の長年の飲食店でのキャリアにも行き詰っていました。
どうすればお客様が長く愛してくれる心地よい空間(レストラン)を作ることができるのか?の答えが出せなくて苦しんでいました。
その時に知人に紹介されて、現在の家内と結婚する前に彼女の経営する飲食店(現在の弁当屋)に伺ったときでした。
本好きの彼女のお店にはたくさんの本が本棚にならんでいましたがその時、その本の中から無意識パットにとった一冊の本のタイトルが
”おむすびの祈り” これは実在する青森、岩木山麓にある“森のイスキア”主宰の佐藤初女さんの自伝。彼女の握る“おむすび”で、これまで多くの悩める人々が救われたという。”奇跡のおむすび”とも呼ばれていました。
その当時の私はその本のタイトルを見て彼女の握る奇跡のおむすびはどんな味がするのだろう、なぜその味を食べると悩める人の気持ちが楽になるのだろうっと疑問が生まれ強く興味をひかれました。 ひとまずこの話は置いといて、
さらに私の幼少期までさかのぼります。
私の両親は共働きで忙しい上に母は料理がお世辞にもあまり上手ではなく私の朝食の味噌汁の代わりにインスタントラーメンが出てくる家庭で育ちました。
そのわきには味の素で味付けされた即席漬物
まだまだ経済成長著しい30年以上前ですのでその状態は一般的で致し方無かったのでしょう。 ただ私はただただ寂しかった記憶があります。
-一人で食べる食事
-お腹は一杯にはなるが味気ない食事
-心が満たされていない感覚
そんななかでの唯一の救いが毎週土曜日の祖母へ家での宿泊でした。あばあちゃんの得意料理は自分で採ってくる山菜やきのこを入れた自家製味噌の味噌汁でした。漬物ももちろん自家製ぬか漬けその当時これらが唯一私のお腹も心も満たされる料理でした。
味噌汁を何杯もお代わりする小さい私をみながら”胃袋破れるよって温かく微笑んでいた今は亡きおばあちゃんは私の恩人です。
さー皆さんこの話がどこに向かっているかそろそろ見えてきましたか?
”おむすび”
”味噌”
”ぬか漬け”
これら食品の共通点は手で握る、手でこねる、手で混ぜるなど手がキーワードです。 そして現在営んでいるお弁当屋さんでもこの三つの食品は手作りに強く強く強ーっくこだわっていますし、自分の子供同様、毎日様子を見るし、毎日手を加えてチェックします。
さあー話をまとめていきましょう
謎の手への執着(手フェチ)、 幼い頃に安心をくれた大きな手の温もり、 おばあちゃんの手作りの味、 初女さん奇跡のおむすびの味
結論
1.私の手への執着(手フェチ)の正体=手から出る見えないエネルギ-を無意識に感じることができていた、がそれが何なのかを解明しようと答えを探していた。
2.本、おむすびの祈りを手に取った理由=当時の自分はとってもとーても愛情に飢えていたし良い飲食店に欠かせない要素が愛情だとどこかで気づいていた。
3.手の不思議な力=愛情
そう、、私が幼少期から感じていたポジティブなエネルギーの正体は相手に対しての強い思いを言葉ではなく手を通して伝える行為を愛情として受け取っていたのでしょう。
そしてさらに最近では魂の探究として瞑想し、思考ではなく直観や感覚を使う脳の練習をすることで余計な悩みや欲がすくなくなり
その結果心が穏やかで癒やされている状態を長く作れるようになるとそのエネルギー愛情という大げさなものではなくそれは誰の身体にも流れている単なる気であることがわかってきました。
その気の波動をうまく使えるようにトレーニングすればもちろん調理でもその気の波動は当然、味として顕著に表れますし人にも伝えることができます。
みなさんよく耳にしますよね、、”愛情が一番の調味料”ってそれも愛情ある家族などが作る料理は我々の記憶に残りやすい理由もこれでうなずけますよね。
ただ難しいのが家族でない不特定多数の人間にこの気ををこめられるかは自分の魂の修行、常に平常心を保つトレーニングが必要なのです。このトレーニングの話はまた違う機会にしたいと思います。
とにかく私のおばあちゃんや初女さんのレベルの波動を誰にでも隔たりなく送ることができ悩んだ人の心を動かし、寂しい心を包み込み、理由はわからないがなぜだかその味を繰り返し食べたくなる味を作れる。自分が目指す頂はまだまだはるか先ですが進む方向ははっきり見えています。
一歩一歩、今日も明日も、毎日コツコツと丁寧に己の手で調理し、ぬか床を混ぜ、おむすびを握ります。
