「自分自身を満たしましょう」

「幸福度をあげましょう」

「お母さんの幸せがみんなの幸せにつながるよ」

 

育児に行き詰った時に、アドバイスでこんな言葉をもらうことがあります。

子供の睡眠問題についてもそうで、睡眠問題を解決するための土台の一部として、幸福度というものがあります。

 

たしかに、余裕が全くなく疲れ切ったお母さんには必要なことだと思います。

 

でも常日頃から、自分を満たしましょう・幸福度をあげましょうには、私にはなんだかちょっと違和感がある…。

 

なぜなのかな、と考えてみたら、

 

満たしておくことがいいことだ。幸せなのがいいことだ。

 

と考えてしまって、

 

まるで満たされていなければ、自分は何か欠けていて、足りないかのようで、

 

いつも幸せが足りているかを確認して、いつも欠けているものを捜しまわっているような…そんな感覚になる。

 

なんだかいつも【幸せ欠乏感】を感じてしまうからだと思いました。

 

育児が行き詰った時に大切なのは、単純に疲れたら人に頼って休むということやストレスケアが出来ることが大切なはずなのに、

 

いつも幸せでいることを求められたら、なんか苦しいなと。

 

別に自然でいい。

 

そう思うとすごく楽になりました。

 

気分や感情も、体の状態も、思考も、日々の出来事も、一定ではないのが普通。

 

満ち欠け・上下のようなものは、生きるものの自然なバイオリズムとして当たり前にあるもの。

 

それをなくそうとする方が不自然に思える。

 

思い通りにいかない日もあり、つらく苦しい日もあり、楽しいくてうれしい日もある。

 

疲れてしまった時はケアをして自分を取り戻して、またそうした日常へ還っていく。

 

それが出来れば十分。

 

幸せって、何かをしたから得られる特別な結果だけではなく、

 

もっと身近にあって、しみじみと感じるような状態のことでもいいとおもいました。