2025.3.12 なんと、約2年ぶりのブログ
そして今日で2回目のブログだ。

他のsnsでは内容によっては、読んでくれている人に忖度してしまい、書く内容が制限されてしまう。

ブログには自分の気持ちをしっかり書いておこう。

この2年間、色々なことがあった

2020年8月の股関節手術後、本当に頑張ってダンス復活を成し遂げた。

心の学びやダンスを踊れる体にする為のリハビリのためのピラティスで、呼吸法で、体の動かし方を覚え、体幹を強めた。

ダンスにこれほどまでにメンタルが大事なのかも十分経験する。


そして今では家族の理解や協力もあり自由に羽ばたける私🌹になれた。

元々私は自信のない子
いつも母のそばから離れないお母さん子だった

内弁慶で恥ずかしがり屋で、慣れるとお茶目な面もある。

母は近い存在で過保護でありながら厳しかった。
父は遠い存在でありながら優しかった。
何故か父には少し遠慮があった気がする。

自分で言うのも可笑しいけれど、一般的には世間知らずのお嬢さんってところかな⁈

平凡だが、幸せな穏やかな家庭環境で育てられたと思う。

この年になって思うこと、平凡って普通
特に浮き沈みがない。
若い人にはもっと刺激が欲しいと思うかもしれないが

この年になると平凡でいられることがなんて素晴らしいことなのかとも思う。

しかし、不都合なことが起こらなければそれでもいいのかもしれない。

しかしそれは、なかなか難しいもの。

人生って山あり、谷あり、乗り越えて行く。

一つ一つ乗り越えて行くことで、成長に繋がり、

自信にも繋がる。

経験することで成長し、人間力にも繋がってくる。

私にとって、最初の壮絶な経験は先ずは父の死だった。

父は私が34歳の時に他界する。
父は丁度今の私の年齢68歳。

長生きをするために70歳前に心臓のバイパス手術
99.9%安心して受けれますという、バイパス手術だった。

検査のために1ヶ月も大学病院に入院していたのに。

蓋を開けたら思いの外血管がもろかったといわれた。

手術中出血多量で亡くなったようだった。
もしかしたら、医療ミスな可能性もある。

死因をはっきりさせたかったが、母が死因が分かっても父は生き返らないからと言ってそのまま泣き寝入りだった。

昔とは言え、日常茶飯事行われていた心臓のバイパス手術だったから。まさかの気持ちでいっぱいだった。

大船に乗った気持ちで父をエレベーターまで母と見送ったことが鮮明に、35年経った今も思い出す。

これが
これまでの私にとってまずは最初の人生で一番辛い出来事だったかな。

父の兄弟は男ばかりの4人兄弟その中の末っ子、

皆んな90歳近くまで長生きしている。

父の父は100歳迄長生きして知事から表彰された。


父も手術をしなければこんなに早くは亡くなってなかったのにと、、、、、ずっと前に悔やまれた。


私の心の記録としてこれからブログを書く事にしよう。

私の生き様を振り返れるように🌹