おう。俺だ!

今日はお前達に俺の大好きな諺を紹介するぜ!


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あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。
だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

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どうだ!シビレちゃうだろ!
俺はこの諺に初めて出会ったとき鳥肌が立った。

人間は誰でも、生まれてくるときには苦しくて不安でオギャー、オキャーって大泣きするよな。
でもな、周りの人たちは新しい命を目の前にして大喜びで、生まれた赤ん坊を迎える。

これはいろんな事情もあると思うがほぼ100%に近い確率だ!

でもな、逆に人生の最期を迎えるときってのは千差万別だ!

死を迎えるときはこの諺の通り本人は満ち足りた心で逝き、周りの人たちはその人を惜しんで涙で送る。
そんな逝き方が理想だよな。

現実的にはいろんな逝き方があるよな。

亡くなるときに満ち足りて、笑顔でこの世を去ることが出来るか?
周りの人に惜しまれながら、涙で送ってもらえることが出来るか?


これは死に様と言うよりそれぞれの生き様だよな。
まさに死を迎えるその瞬間に俺たちは自分の生き様が顕著に現れる。

俺たち人間だけでなく命あるものは、いつか必ず終わるときが来る。
これは100%だ!

どんな偉人だって、どんな医者だって、俺のような頭脳明晰な二枚目だって必ずその時は来る。
お前たちにも必ずその時は来ると断言する。


お前たちはどんな死を迎えたい?


その、必ず訪れる『死』と言う物を意識して生きるのか?
その意識の仕方によって、全く違う人生になると言っても過言ではない。

俺たち人間の感情は常に『快』と『不快』を行ったり来たりしてる。
この感情のバロメーターは対する人や、対する問題、対する出来事によって個別に『快』と『不快』を行ったり来たりしてる。
人それぞれ、出来事や対人関係によって多くの別々のバロメーターが『快』と『不快』を行ったり来たりしてる。

『快』に大きく振れていればそれを無くしたときに『不快』への振り幅は自然と大きくなり、
『不快』に大きく振れていた問題を解決したときに感じる達成感も正比例して大きくなる。

自分にとって縁ある人を亡くしたとき、悲しみや寂しさが深ければ深いほど、不快の方に大きく振れれば振れるほど、逆に言えばその人は自分にとって、素晴らしい人であった。と言うことの証明でもある。

悲しみや寂しさが深ければ深いほどお互いにとって、とても幸せなことでもある。
と言うことだ!

亡くなった方は周りの人に対して物理的には表現できない素晴らしいなにかを与えていた。
送る人たちはそれだけその人から多くの素晴らしい何かを与えられていた。

と言うことだな。
冒頭の諺はネイティブアメリカンの古い諺で、新しい命が生まれた瞬間、その場に集まったうちの最年長者がその新たな命に向かって必ずこの言葉を投げかけると言うことだ。

お前達もこの諺を脳みそに刻み込め!