再開発と都心への人口回帰

高度経済成長期以降,地価の高騰や交通渋滞,環境の悪化にともない,郊外への人口流出が続いたが,バブル経済崩壊後,地価の下落や公用地・工業用地の再開発により,大規模商業施設や高層オフィスビル・高層マンションの建設が進められ,利便性を求めて都心部への人口回帰が見られるようになった。大学のキャンパスは,1970年代に鉄道会社が沿線開発のために誘致を進めたことや都心部での拡張が規制されたことで,郊外へ進出・移転したが,その後,少子化による受験生の減少や都心部の開発・拡張の規制緩和により,2000年代に入ると都心部にキャンパスを戻す大学が多くなった。高齢化が進む団地では,大学生の入居と大学のカリキュラムとの連携を進めて,若年層を加えた新しい地域コミュニティづくりに取り組んでいる。

 

東京駅前(東京都千代田区丸の内)

2000年代になって,高層ビルへの建て替えが進んだ。

 

豊洲地区(東京都江東区)

造船所跡地は,大型商業施設と高層マンション街に生まれ変わった。

 

大学生と住民の交流(東京都板橋区)

1972年から入居が始まった高島平団地は,高齢化と空室の増加が問題となっていた。近隣の大東文化大学の協力を得て団地内にコミュニティカフェを設け,住民と留学生を含むボランティアが連携しながら,多文化共生と多世代交流による団地活性化に取り組んでいる。

 

 

東洋大学白山キャンパス(東京都文京区)

2002年に首都圏の大規模な用地取得を制限する法律が廃止され,文京区白山のキャンパスを再開発した東洋大学は,埼玉県朝霞市や群馬県板倉町の学部を白山に移転した。東洋大学の受験者が増加したことにより,他大学も都心部に回帰している。