【みちしるべ】その十一「眩を見逃した日」(初投稿日:2023/5/10)
よく、気になっていた番組がテレビで放送されれている事に気づき、しばらくして悔やんでしまう、なんてことがあると思います。時は2018年3月上旬。2008年の大河ドラマ『篤姫』にドハマりし、自分にとって新しいものに出会った高揚に明け暮れていた私はある日、ある一つのドラマをなんとも思わず録画予約せず、後悔することになりました。後になって「あ”ぁ~もう何やっていたんだ~!!私のバカぁ😭」とちょっと大げさ交じりですが(笑)、一度切りの放送だと思っていたことから、『篤姫』を初めて観た時以上に俳優の宮﨑あおいさんの事を考えさせられたほど、私自身に一層大きな変化をもたらしました。その時の事を思い返す度に、エンディング映像の透明で真っ白な水の中を、絵の具の顔料がゆっくりと華麗に流れる映像も一緒に思い出されます。今回はNHKの特集ドラマ『眩 ~北斎の娘~』に出会った時の話です。
目次:
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逃すまで
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ラスト19分 ー伝説の俳優ー
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あおいさん
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1.逃すまで
2018年3月上旬といえば、私は年度末を迎えようとしてホッとしていた頃。後に観てハマることになる『龍馬伝』や『八重の桜』のメインテーマ曲をYouTubeで初めて聴いたのもこの時期。それぞれの初印象を語弊を恐れず一言でいうなら、激しくてダイナミック、渋くてちょっとゾッとする感じ。その時の、今までに聴いたことのない曲調の初印象と2018年3月上旬の時期は鮮烈で、強く結びつくものがあります。
とはいえ、この頃の一番のお気に入りは、やはり『篤姫』。篤姫の父・忠剛がなくなった回まで観ていたほど、私の中ではすっかり篤姫ブーム。篤姫役の宮﨑あおいさんに関して話すときに役名か敬称略のフルネームで口にしていた頃が懐かしい😌。そんな私は“篤姫”、もしくは宮﨑あおいさんの名前で検索していた時、『眩 ~北斎の娘~』という番組があることを知ったのですが、特に気にも留めていませんでした。何も知らなかった私はドキュメンタリーか何かだと思ったのか、はたまた既に終了した番組だと思っていたのか。。。でもそれは、ある“凄いドラマ”の来たる二度目の再放送だったのです。
(今となってはいい意味で)忘れられない2018年3月9日金曜。お風呂からあがってテレビをつけた時に回っていたのは『眩』とは全く関係ない日本テレビの金曜ロードショーにて映画『ちはやふる』。私は母と二人でそれを最後まで普通に観ていたのですが、それがいけなかった。
午後10:54分頃に終わり、リモコンでチャンネルをNHK総合に回したとき、テレビ画面の番組名に『眩 ~北斎の娘~』と表示されていたのです。その映像を初めて目にしてこそ、自分がしてしいたことの意味を少しずつ認識する。そう、ネットで目にしたあのタイトルの番組の再々放送の途中でした。後の私なら目の前にすればとても貴重すぎる機会だと判断してすぐにでも録画するのに、そこまで興味がなかったその時の私は落ち着いていました。
私「あっ、この番組、篤姫の人が出ているんだよね」
そんな一言を発した後、この事を知らなかった母は突拍子もなく驚き、篤姫にハマっていた私のことを思って、すぐにでも録画をするよう私に勧めました。私は言われたときに、自分のうかつさに気付き、録画ボタンを押した時には、すいかを重たそうに持った女性が橋を渡っていました。その女性こそが、篤姫役の10年後の姿だったのです。
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2.ラスト19分 ー伝説の俳優ー
題名の通り、主人公は江戸時代後期の絵師、葛飾北斎の娘。北斎は言わずとしれた名人ではありますが、当時の私は富嶽三十六景の『神奈川沖波裏』🌊と壮大な富士山を描いた『凱風快晴』🗻ほどしか知らないぐらいでした。この時に目にしたのは、そんな絵からは少し想像できない、質素な床の上で片膝を立てて座る、みそぼらしくも見える長髪白髪の歳を取った男性。とはいえ、私はあまりよく知らなかったからこそ、こんな人だったんだと思わせる大河ドラマさながらの、説得力のある見た目だと感じました。後に忠剛役の長塚京三さんだと知った時は運命的に思って驚きました。
そして、もう一人は地味な青紫色の着物をして、ちょっとダルそうで、ややきつめな表情をしている日本髪の女性。私にとって篤姫の印象しかなかった宮﨑あおいさんの雰囲気を考えると、彼女に篤姫みたいな初々しさや可愛さがなくて、意外に感じました。第一印象は、ずいぶん時が経ったなと。しかし、そのように見えることには意味がありました。そのシーン時点で北斎の娘・お栄はおそらく50歳近くで、演じるあおいさんの見た目もいい意味でそれに近づけていたのです。役柄の身分や年齢だけでなく人柄も異なることから、眉毛は細くて鋭く、唇はやや紫色で、化粧によらない肌の白さも含めて、見た目でいうと篤姫とは正反対。画面いっぱいに映るお栄が「あばえ」と呟くシーンが、その姿を象徴していたように思います。
その後に続くシーンもからっとした『篤姫』にはない雰囲気で、劇伴のピアノの低いトーンが相まって、全体的に淀みかかった印象がありました。そんな中、私はある問いをふと頭に思い浮かべていました。なんで今まで宮﨑あおいさんと巡り合わずにいたのだろうと。かつて大河を一年間やった俳優は、その後の十年をどう歩み、今私の目の前に映るクールな江戸時代の女性を演じるに至ったのか。その九にも書いたように、私が想像していたイメージは“伝説の俳優”でした。もちろん当時は、素のあおいさんがどんな人柄で、どんな話し方をするのかさえも知りませんでした。だからこそ、二つの役のイメージのギャップに動かされ、ミステリアスにかつ興味深く感じ、なかなか言葉では言い表せない不思議な感覚になりました。今このブログを書いている自分には、多分もう簡単には来ないことでしょう。
淀みかかったシーンの一方、登場人物が懸命になる明るいシーンもありました。老いに負けず、富士の上を飛ぶ龍🐉をモノクロで細かく描く北斎を見守るお栄の場面では、光が差し掛かっていて、日本画に対する彼らの情熱が伝わってきました。私は途中から観たものの、先ほどのシーンと釣り合っていた事が分かり、ドラマからいい印象を受けました。
その後、北斎を静かに看取ったお栄が、江戸の街を歩くというゆったりとした晩年が描かれ、壮大な音楽がラストシーンを彩っていました。エンディングのメインテーマと共に映像が移り変わると、透明で真っ白な水の中を、絵の具の顔料がゆっくりと華麗に流れる映像が私の前に。その場面が本当に美しくて、事前に録画しなかった事に対する後悔ばかりが募りました。
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3.あおいさん
改めてネットで調べてみると、『眩 ~北斎の娘~』は2017年9月18日に放送され、10月7日に再放送されて、その上での再再放送でした😨。私が『篤姫』を観始める前から既に、チャンスが与えられていたにも拘わらず、こういった形で興味を持った時に機会を失っていました。次の放送の情報は一切載っておらず、とてつもなく貴重なものを逃した無念な気持ちになりました。。。
気づけば携帯にかじりつき、他の情報はないかと懸命に探していました。すると、初放送時には、あおいさんが北斎とゆかりのあるイギリスを巡る特集番組『日本-イギリス北斎を探せ!』が放送されたり、濃い赤色を背景にしたあおいさんと松田龍平さんが表紙のステラが発売されていたことを知ると、ますます今までの時間が勿体ない気分でした。特にあおいさんと長塚さんがゲストの『土曜スタジオパーク』があったことは相当大きいものでした。こんな面白い共演があっていいものなのか。あおいさんたちが十年も前の『篤姫』をどう思ってくれているのか気になって仕方なくなるぐらい、損ねたことを悩みました。
日本史ものが好きな私なら、たとえ『篤姫』を観ていなかったとしても、『眩』を知っていれば絶対に観ていたはず。宮﨑あおいさんを知る初めての作品が『眩』でも良かったのではないか。なんで知らなかったのだろう。なんで気づかなかったのだろうと。でも、結局は主演の彼女がその作品にいたから、こんなにも観たくなったのだと無意識に思っていました。
思い返せば、大河ドラマという歴史物ジャンルが好きだから、そして『軍師官兵衛』の官兵衛と結ばれた方が主演だから『篤姫』を観始めたわけですが、この時ばかりは役者個人、つまり作品自体よりも宮﨑あおいさんの事で胸がいっぱいでした。あの可愛かった篤姫が十年後に粋な江戸弁を話し、男性のようなラフな着物姿で浮世絵を描いている事。役と演者の存在は紙一重のようなものなので、最後の19分だけでも私にとっては感動的でした🥲。
継続的に観ていた『篤姫』がさらに気になり始めた、春の訪れ🌸。後悔したと同時に、『篤姫』以外の宮﨑あおいさんの作品も気になり始めていました。その後まもなくして、尊敬の念を込めて彼女に対して(このブログでは既に用いている)「あおいさん」という言いやすい呼び方にしました🥰
