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JUJU=10×JU=100

2010年10月10日 大安吉日 
3連休のど真ん中の日曜日 おまけに100年に一度?!

のその日、有楽町は国際フォーラムA 
chihoちゃんとJUJUのコンサートへ 行ってきました。


ジュジュ園という
カヴァーモノに特化した活動のことも初めて知りました。


カヴァーって、
他のひとが歌うことでその作品が持つ魅力を再認識できることがありますね音譜


歌手として時代を超えた普遍的な魅力を感じました。
もっと広い層に聴いてもらったり、
もっと近くで聴きたいな、
時代に飲み込まれずに息の長い歌手でいて欲しいな、 
と思いました。


とてもチャーミングな方でMCも堪能。
衣装も良かった。
ルブタンのハイヒール、素敵だった~。


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達郎さんのコンサート

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1980年、マクセルのカセットテープのCFで 
“RIDE ON TIME "を初めて観て、聴いたとき、
体中に電流が走ったというひとがたくさんいたのでは?


『いい音しか残れない』。

マクセルのコピーは未来を予言するかのようだった。


あの頃、映像と音楽が融合したイメージクリエーションは、
新しい時代への期待と興奮を子どもの私たちにさえ予感させるものがあった。


洋楽に求めていたものはきれいなメロディとサウンド。
歌詞が全然わからなかったので歌詞の内容などはまったくの自己解釈であり
(というか、言語化する感覚もなかったし、その必要もなかった)
サウンドから受けるインスピレーションで勝手に想像の世界で遊べるのが楽しかったから。



そのイメージを壊されることなく、
すぅーっと母国語が体を廻り、言葉が持つ力に、心が動かされるようになる。
大きくて広い、まだ見ぬ未来に向かって飛んで行けるような音楽。
その頃ニューミュージックといわれた音楽だった。(今思うとすごいネーミングだなぁ)

とりわけ、達郎サウンドは、透明に輝く少年の言葉を聞いているような感覚と、美しい旋律、強いリズム 、大きな岩を突き抜け谷間を渡って行くような声は、虹の洪水みたいで、自然のファンタジーと力強さみたいなものを感じた。




思春期まっただ中にいた私は、目に見えない大切なものと遭遇し、
一体化したかのような気持ちになって毎日ふわふわしていた。


TVから聴こえてくると食い入るようにブラウン管を睨み、
音楽から受けた電圧で体に流れた電流が
1A(アンペア)も漏れ出ないように必至で食い止めようとしたりした。

(具体的には親に内緒でお稽古ごとをサボり、
愛車KAMAKIRIに乗って途中パン屋で一個50円のブロッチェンを買い、
中突堤の先端に向かい、ポートタワーを背にしながら、
SANYOのダブルカセットデッキでひとり夕暮れまで音楽を聴くのだ。それもほぼ毎日。笑)




7年前から去年、今年とコンサートへ行っている。
音の追求とバンドへのこだわり、人々への感謝と
私が勝手に感じている達郎さんの勝負感と、、



達郎さんのあらゆる情熱に出会うことができる。





さよなら HMV

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先日の日曜日、とうとう国内最後の店舗、渋谷HMVが閉店した。

この日は家族で朝から美術館に出かけ、夕飯はトルコ料理が食べたかったので

渋谷に寄って帰ろうと話していてふと、

そういえば。。。と思い出したのだった。


息子が以前から欲しかった画集がもしかしたら安価になっているかもしれない。。。

と密かに期待して行ったが、BOOKコーナーは跡形もなく

人はごった返し、今まで見たこともないようなイベント会場になっていた。


レコード屋といえば、昔、 

曲名がわからなくても 店員さんに口ずさめば

「あ。わかりましたよ! これじゃないっすかね~」

と見事にレコード(CD)を差し出してくれ、


「わあああ☆ありがとう♪ 素晴らしい!!さすがですねー 」


とレコードを手に出来た感動と

もうひとつ。


神業、職人技に触れる感動のおまけがついてくる場所であった。。



いつしか時は流れ、おもちゃのトイザラスみたいに


自分で自分の欲しい物を探す。


というスタイルも新鮮だった気もするが、


店員さんがくれるミラクルに出会えなくなったことが寂しく感じていた。


そうしてまた時は過ぎ、遂に20年にわたって その答えが今出たのではないかと思う。


飛躍しすぎかもしれないが、

私はこう思う。



どんなに便利な世の中になったとしても

それは所詮 機械が起こしていることであり

その機械も人間が操っているに過ぎない。

人間は機械に操られているのではないということ。


もちろん適材適所というものがあるけど。。


なんか そんなこと考えた日曜日。




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