この先治療をしない選択をしたことを、昨日ブログにも書き、姉にも伝えたら、治療をしない先にある自分の姿が、急に現実味を帯びてきました。

肝臓がやられたら、黄疸やとてつもないと言われる倦怠感が出たりするのだろうか。


やはり言葉は、口に出したり、文字にしたりすると力を持つものですね。



ここで思い出さなければならないのは、このとき気付いたことです。




まだ起きてもいない未来に、支配されないということ。
1日1日、今を見て生きていくということです。




私は、諦めたわけではありません。
むしろ、自分らしい小さな幸せの時間を持つことをあきらめないからこそ、これ以上の治療はしない選択をしました。








先週の土曜日、家で友人の誕生日を祝いました。
外ではまだゆっくり食事を楽しんだりする自信がなかったので、うちに来てもらいました。


年の数だけローソク刺すと

ハリネズミみたいになっちゃうからね

というお約束の会話。


夏においしいメニューを一生懸命考えて、初めて作るものは前日に一度練習もしました。


友人はとても喜んでくれて、一緒にビール(薬の関係で私はノンアル)を飲みながら、食べておしゃべりして、楽しい時間を過ごしました。





そういう時間を、まだあともう少し持ちたいです。
このまますぐに治療に入ったら、たぶんもうそんな時間は過ごせない。
治療による回復よりも、治療によるダメージや病気の進行のほうが大きくてはやい。
私の子宮癌肉腫は、そのくらいスピードと勢いがあると感じています。

※あくまでも、「私の」子宮癌肉腫の話です。





実は入院中に、手術でお世話になった先生のおひとりにも自分の気持ちを打ち明けました。
手術への感謝を伝えた上で、それでもすぐまた別の治療に進むことには迷いがあると。
手術のおかげで取り戻した「食べる喜び」で、自分の時間を彩ることを望んでいるのだと。



MRIの結果をもちろんご存じのその先生は、その場で、

そういう選択もありだと思います

 

と言ってくださいました。

このとき、気持ちがとても楽になったことをよく覚えています。



 

 

きのうの投稿では、ひとりですんなり決断したようになっていますが、ふたりの医師が現状を率直に示してくださったおかげで、今静かな気持ちでいられるのでした。