夕方
彼女の衣類を処分しました。
思い出のある服等・・・
切ない思いで
俺 何やってんだろう?
って
二度と彼女の元気な姿は見れない
この服もあの服も
着ることはない
辛い作業でした。
まだ残りの処分もあるけど
今日はここまでしか出来ない。
心の整理も必要です。
本日彼女は自分と子供達の手により
これから最後の時を迎えるまで過ごすことにナルであろう
療養病院に転院しました。
途中水戸の姉夫婦も来てくれて・・・
面会時間の都合で会えるのは週1回
一緒に過ごしてきた事が走馬灯の様に
頭に過ぎりました。
途中 拓の通う中学校を通り
自宅前に寄り
将の通う小学校を通過して
遠回りながらも彼女に見せたくて
目的地の病院に連れていきました。
惜別の想い
今日僕らは完全に
もう二度と一緒に暮らせない
別々の道を歩きはじめました。
さようなら・・・・
今まで本当にありがとう
あなたのことは絶対に忘れません
最後の時は責任をもって
見届けますからね。
朝から義母と一緒に市役所に
離婚したため自分一人では申請出来ません。
無事受理されました。
午後は第一希望の療養病院に
多少の足が出るかもしれないけれど
前回伺った病院よりは低くて済みそう。
自宅からも10分ほど
子供達も行こうと思えばチャリで行けます。
話を聞いて中の様子も見させていただき
決めました。
これから彼女が過ごす場所を。
来週か再来週に転院です。
近くで良かった。
もう婚姻関係はないのですが
自分の責任で
彼女を最後まで見守っていきます。
本日子供たちは県民の日でお休み。
3人で妻と自分が婚姻届けを提出した
横浜市港北区役所に向かいました。
車中も自分は気が重く・・・
目的は離婚届の提出
彼女と始めた場所で最後をむかえたかった。
彼女もそう思っている。
そして13時32分
それは受理された。
18年と11ヶ月
彼女と自分の婚姻関係にピリオードが打たれました。
自分に財力があったなら
こんなことには成らなかった。
将はベソをかいていた。
自分や妻のことを心配して。
それでも彼女を守っていきます。
それが使命だし
たかが紙切れのこと
でも
やっぱり
辛い・・・
妻の意思確認をし医院長立会いの下
介助してサイン
両家の母親に証人となってもらう署名を
もらってきました。
拓の病院もあり散々な1日
明日は埼玉の病院の面談があるので
朝一から婚姻届けを二人で提出した
横浜の港北区役所に
一人で提出に行きます。
とうとう来たか。
複雑な気持ちです。
心が痛い
彼女から逃げているように
普通の方だったら思うでしょうね・・・
何をやってるんだ俺って感じ
こんな運命になってしまった
自分が憎い
それでも妻を支えていきます。
最後の日が訪れる時まで。
疲れた身も心も
とても出勤できる状態じゃない。
店の皆さんごめんなさい。
