セルフイメージが著しく高い私は
成功すれば、当然のこと。失敗すれば自分らしく無い。
そういった気持ちで日々を過ごしています。
今スコトーマが外れた気がするので、それをここに記しておこうかと思います。
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私企業の目的は利潤を上げる事。以下の事が重要視される。
1、株主や、構成される社員の生活の為に。
2、そして、利潤をあげる際に消費者から物やサービス、情報の対価としてお金をもらう。
2において消費者の満足を最大限にするには、最高のサービスと最低の価格。
追求すると無料で高級なサービスを提供することが消費者への一番の利益になる。
高級なサービスとは?例えば、とても音や画質がいいTVだったり、凄腕シェフの料理だったり。
高級なサービスを実現にするには市場原理においては賃金やらコストで、そしてアイデアで解決できる。
仮定としてお金をたくさん持っていたとします。
社員と消費者という二つの観点から見ましょう。
社員は労働対価の賃金をもらう、消費者はただで物を受けとる。
そのコストは全て、たくさんのお金から引かれる。
たくさんのお金の前には企業自体が意味を為さないじゃないか。
お金がたくさんあったら利潤をあげる必要がないじゃないか。
社員もまかなえるし、消費者も満足。
金があれば、利潤行為を行わずに済むというわけだ。
ただそれを分配するのが企業の存在意義になってしまう。
しかし金は無限じゃないからこそ、自転車操業的に企業を動かして行かなければならない。
消費者から対価を受け取り、コストを支払う。
それとは別にそこに金以外の付加価値が生まれる。
例えば、消費者だったら利便性であったり、見栄であったり、思い出。
社員だったら達成感や、自己の存在意義。
そこに金があるかどうかは重要じゃないんだ。
一プレイヤーとして、達成感、付加価値の大きさを増やしたいわけなんだよ。
金という概念は便宜的な物に過ぎないわけだから。
金持ちが慈善事業をする気持ちがわかった。
ん? でも金を持っていないから、働くのか?
金があったら慈善事業をするのか?
それをたらればの話か。
足が世界で一番速かったとしても、短距離の選手にはならないな。
その付加価値に存在意義がある気がする。
つまり金をごまんと持っていたら、私企業のプレイヤーとして利潤を追求することがないんじゃないかって議論ね。
しかしそこに付加価値があるわけだ。
というか金自体はあまり重要じゃない。
運営には必要かもしれないけど、個人的なやりがいとかには直接関係ない。
まぁ測定するには良いかもしれないけども。
そっかーやっぱり自分が本当にしたいことってこういう事なんだろうな。
金をごまんと持っていたら、何がしたいか。
人の為に何かしたいね。
でもね政治は嫌だ。苦手。
企業運営であったり、コーチングだったり。
金を稼ぐことに関しては微妙だわ。
基本線は物事を解決することだね。やっぱり。
付加価値を生み出している、公企業なり、私企業のコンサルも悪く無いね。
とは言え自分で大金稼いで、そういう事をしてもいいけどね。
実業家として生きるのもいいのかもしれない。
それはそれでありかな。
実業家と、コンサルは上流か、下流の違いか。
まぁそんなの関係なく、やればいいや。
大前研一とかに憧れる。
どこまで世界にバリューを提供できるかが僕の人生です。
親父に、保健の資料を書けと怒られてる場合じゃないわ。
そんな時間の無駄は社会の損失だわ。
とまぁ、あともう一つ人生でしてみたいことがあります。
そうそれは美女達との狂宴。
これをしてみたいんだよぉー。
でもそれが程度が低くて、本能的なものって事がわかってるから一義的な目標でないんですよ。
とはいえそれをアウトヘーベンできる手法を生み出したんだけどねw
親父に止められた。
今思うのは自分を試してみたいのと、色々な世界が見たい、世界に貢献したい。
そんな思いで日々を過ごしては、愚かさと脆さを自覚し、自分を慰める日々。
てかそんな事よりも、今回の恋愛を実りのある物にしたい。
耐用年数は3年だ。結婚はしない。
もしまた恋愛に頭を侵され「結婚するお^^」とか言い出したら、ひっぱたいてください。
40くらいまで結婚はしません。恋愛はするけどね。
以上。
明日髪を切りに行きます。