Southern Comfort
南口をでると漫画を読み聞かせする
ストリートミュージシャンのような 黒縁メガネにロングヘアーの一昔前の浪人生のような風貌の年齢不詳の兄さんがたまにいる。彼はコミック漫画を道行く人に見せながら、一人何役もの登場人物になりきりながら 熱のこもった演技でストーリーを展開するストリートパフォーマー。ある意味下北沢の顔のひとつ。下北沢は演劇と音楽とサブカルチャーの街。ライブハウスや劇場など若者のこころに夢と希望を詰め込んだ箱みたい小さい街。
駅前のマクドナルドを直進して坂を下ると、右手に餃子の王将がみえる。コンビニエンスストアの前に昔ながらのスポーツ洋品店、そのとなりにある 昔ながらのLive house、下北沢LOFT という馬が飛躍する電光の看板、地下へ続く階段があった。
下北沢のあらゆるライブハウスやBARに飛びこみで入り、すべて断れられた最後の *・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*たどりついた場所。
挙動不審者の開口一番の言葉。
『働きたいので、あのー バイトで雇ってもらえませんか?』
少し落ち着くと周りが少しずつ見えてきた。
お客のまったくいない、もぬけの殻みたいなガランとしたBARなのかライブハウスなのか分からない地下なのにLOFTとなずけられた場所には、突き当たりは小さなステージ、それをぐるりとL字に囲むようにカウンターがあり、はっぴーえんどのレコード、木造の味のあるというかカビ臭いというか、かなり古い作り、スーパーマリオのルイージみたいなヒゲに喫茶店のマスターを絵に書いた風貌の気の優しいそうなオーナーがぽつり。
入り口に一番近いレジの前のボックス席で煙を燻らせていた。
いつになっても来ない客を待ちわびているようなそうでないような。
50人ぐらいの不思議な箱。閉店時間になるとかならず、Tom WaitsのClosing timeを頭からかけるのが決まり。それ以外の決まりは特に別に無かった。
『 働きたいの君?ちょうど探してたんだよ、最近入った女の子がいまいちフィットしなくてね。
インドにばっかりで帰ってこないわけ、ピッピーみたいな子を雇っちゃって困ってたんだよね。
時給は580円 いつからこれる?』
安い。
今の時代 580円とは不法労働者を雇うのか?
『えーと 明日から来ます』
ルイージの自然体のリズムに流され,そのままOKしたのが 始まりだった。
なぜそんなにBARやライブハウスで働きたかったのか、今となっては不思議でしかないけど、はじめての東京の思い出が当時の自分をそこに導いたのだろう。
高校2年生の秋から冬にかわる11月のはじめ、島根県からはじめて大都会に連れてこられた。
島根県とは全国の中でトップクラスのマイナーな国。ほとんどの人が鳥取県との区別がつかない。
地理的にもほとんど知られていない。
取り柄がこれといってない。
誇れるものは自然と水と空気ぐらい。ただ、10月は島根だけは神在月とよばれ、全国から神様が
集まるとされている。
他は神無月が通常。
黄泉の国の入り口とか。ヤマタノオロチとか、古事記や日本書記のいいつたえが子どもの頃から転がっている土地だったりする。
はじめての大都会、赤坂の高級ホテルニューオリビアに滞在、2日間だけ東京に放り出された。
叔母は一人でずっと会社をやっている社長らしい。
一生付き合える健康食品と化粧品に出会い、それを一人で口こみで広めて、
最初は手売りで知り合いに,良いからという理由だけで、押し売り状態で広め、
ファンを一人一人手にいれた。
今では株式会社となり自社のビルを湖の畔にたて、女性一人で財を築いた
イケイケのキャリアウーマン、というかキャリア婆ちゃんである。
『明日から3日間、あんた学校休みなさい、東京にいくから、朝8時にうちにおいで』
いつも強引に突然の拉致、山へ川へ、そしてはじめての東京へ。
この連行はさすがにワクワク。学校には流行のウイルスのせいにして休んだ。
ホテルから池袋へ移動、まっていたのは 立教大学の3年生の 進藤誠というボブディランとはっぴーえんどを愛する青年、青山学院のピアニストの遠藤さん。下の名前は思いだせない、清潔感と少し色っぽい真っ赤なルージュを覚えている。
二人がまっていた。
『このこね、音楽好きで田舎しか知らない高校生、はじめての東京だから連れ回して遊んであげてくれない? はい、おこずかい』
1万円が何枚か二人に手渡され、おばちゃんは用事があるから行くねって跳ねるように
さっさっと姿がみえなくなった。
『 君のおばちゃん かっこいいね、じゃあ今日は僕らと遊ぼっか』
池袋から山手線に乗り、渋谷で降りると、祭りみたいなスクランブルの人ごみ。
東京のひとたちは 歩くスピードが速すぎて乗り物みたいに人がどんどん流れてみえた。
『大丈夫だよ、僕らの背中を見てついてきて、回りをみると目が回るよね、人が多すぎるからね。特にこの街は』
言われた通り二人の特に誠さんの緑色の薄い、映画のさらば青春の光の主人公の名前は??
えーと忘れたけど、モッズコートみたいなコートだけを見てただ歩いた。
二人は鼻歌まじりでなんだかいつもの感じで街をスイスイとサーフしていく。
波に乗り遅れないようについていった。
それでもこちらのペースに合わせてスピードをアップダウンして歩いてくれた。
巨大な古着屋、レコードショップをはしご。
ビンテージのリーバイス501と ラモーズマニアというアメリカのロックバンドのベスト盤をゲット。
109を横目にみて道玄坂を上がり、百軒街というアーケードの入り口、
完全に怪しい黒服のピンクの呼び込み。
ホテルがたくさん並んでいる、小道をすいすいと歩く二人、
えーと えーと どんな感じ???みたいな、ドキドキとワクワクと不安が多数。
すべてがはじめてのため 情報処理技術がおいつかないぞと。
ラブなホテルとホテルの間に古ーい小さな木の扉、看板には BYGと書いてある。
中がまったく見えないために ジャンルもまったくわからない。
わかるわけもないセブンティーンには。
中にはでかーい あたたかーい、大きなスピーカーから音が聞こえる。
知らない洋楽が流れていた。
扉を開けると煙の向こうにはRockの音からすりぬけてたくさんの若者たち、大学生から大人から、男女の賑やかなフィーリングがつたわってくる。
完全に馴染めなさそうで、内心ビビりの自分をおきざりに二人はさっと奥のソファに腰掛ける。
カウンターではバーテンダーが全員女性、みんなかなりの美人で田舎にはいないような雑誌の読者モデルみたいな無敵な感じ。
一段階段を降りると、映画館のチケットもぎりみたいな受付風のレジ。
中にはレコードがびっしり、レジというよりディスクジョッキーのちいさいスタジオみたい。
店長らしい人がレジをしながらレコードも回す。
ちいさい紙があり、みんなリクエストを書いて DJに渡すと、レコードのA面だけをかけてくれるスタイル。誠さんはさっそくボブディランをリクエストして席にもどる。
入り口でぽかんと立ち尽く僕。あとをすかさず付いていく、置物みたいに席につく。
『 君もさ、なんかリクエストしてきなよ、そうだ、さっき買ったラモーズマニア、きっとあるからかけてもらったら? ここはすべてが真空管のアンプだから、音はいいよ。暖かくて太いんだ。
繊細な針を盤に落としてるからね。最高な環境で 東京の夜を楽しもう』
完全に無愛想で怖そうな店長らしき人、そして音楽にとてもうるさそうで、変なリクエストしたら完全に殴られそうで、タバコを吸いながらレジ打ちながら、レコード回す。
60年代のウッドストックから昨日帰ってきたみたいな、ヒッピー風な、フラワー感とか、
完全に遠くに場所に飛ばされたような気分。ワクワクとビビる感じは初体験。
つばを飲み込む勇気を起こす。
『えーと、ら、ら、ら、ラ、ラモーンズを、かけてください!』
田舎ではラモーンズを知るやつなんて、兄貴とその友達のみち重君ぐらい。
何かをカミングアウトする気分というか、密教徒がはじめて自分の神について他人に
その存在を打ち明けるような、告白に近い。
『OK! 坊主、そこのレジの横に紙があるから何をかけてほしいか、まず書きな !!』
アルコールなんて一滴も飲んだことないし、親父のビールなんて苦いし、まずいし、お酒と煙にまざった音楽パブなんてはじめてだった。
『ここはね、30年以上あるんだよ、サザンオールスターズはみんな私と同じ青学なんだけど、みんなメンバーは当時ここで朝まで音楽に浸り、通いつめてたんだって、ここは地下がスタジオだから、みんな泣け無しのお金で一杯バーボン飲んで、スタジオでバンド練習したんだって、何十年も前のお話よ』
sheena is punkrocker が真空管を揺らす。
真っ赤なルージュに吸い込まれそう。胸元がパックリと、くっきりと、膨らみも見えるそのシルエットはよく見ると、とてもセクシーな、ラインにやっときずいた。
誠さんはカウンターでどうやら別の仲間と意気投合しているようだった。
『ねぇ、君、何飲むの?ビール、それとも違うの?』
『えーと、えっと』
『そっか、飲んだことないの?もしかして。OK!じゃあさ、今日飲んじゃいなよ、少しだったら平気じゃん!!』
『知ってる? サザン繋がりで思い出したの、サザンコンフォートてお酒、男の子が女の子を夜誘うときのサインを意味するらしいよ、つまり今晩どうって?こと。 それ飲んでみなよ、ジャニスも大好きだったお酒よ』
僕は男であなたが女。はじめての酒。
決してかっこなんかよくないけど。
人生の先輩のありがたい課外授業みたいなものとしてありがたくいただく。
途中からレコードが変わり、ばちばちと針をレコードが走る音とともに、
ライクアローリングストーンが流れていた。
セブンティーンの東京はボブディランとラモーンズがBGMだった。
それから何年かして、僕は精神科医になるため東京の医大をいくつか受けたが偏差値が足りず全部落ちた。
で吉祥寺に流れついた。白髪のロングの老婆の寮長は怖いし、なんで高校卒業して男祭りなのか、予備校生の男子寮とは全く残念でならない。夜になるとよく井の頭線の急行にとびのり下北沢にエスケープしていた。
ギター弾きのこのお兄さんはどうやって生きているのだろう。
ジミーとみんなが呼ぶ 金髪のレスポールが彼。
『なあ マーチン、湘南爆走族のアニメ一緒にみようぜ、これから』
ジミーさんは僕をマーチンとよびはじめた。ドクターマーチンが好きだからってだけで
僕はマーチンと呼ばれている。僕の名前にマーチンのかけらはない。
いつも閉店まぎわの早朝にきて、彼の家に連行される。
この人は、完全に昼と夜が真逆にひっくりかえってしまった典型的なミュージシャン。
まあ昼まで寝れるなんてうらやましい限りだけど。
店のシャッターを閉めようと階段へ。
夜を朝が塗り替えようと急いでいる。
地上の入り口から何本もの光の線が地下へ届きそう。
カラスがせわしなく仲間を呼ぶ声が聞こえた。
東京の朝はカラスからはじまる。
食料をもとめて 飛び回り、彼らの独自の言語で仲間を呼び合う。
朝5時のLoftを後に、餃子の王将の角の坂をのぼり、環状七号線沿い、羽根木公園に向かう途中の路地を一歩はいったところ。
セブンの上の503号室がジミーさんの家、正確にいうと転がり込んだジミーさんが女の家に存在している。とびっきり素敵なギターを弾くひもである。
キマって信州の梅でつけた自家製の梅酒で「湘南爆走族」通称、湘爆のDVDははじまる。
下北沢のミュージシャンはみんな朝まで酒を飲んでいる。
