ぶんぶくちゃがまとたぬき鍋 -2ページ目

ぶんぶくちゃがまとたぬき鍋

あとらの私生活とか、愚痴とか、悩みとか、プロレスとか

 

 

うちの旦那は本当に不器用だと思う。

プロレス以外全部ヘタ。

料理は置いといて。

 

私がちょいちょいブログでもこぼしている

お酒の話も少し絡むけれど

 

うちの人は本当に言葉が下手。

主語がなかったり、大事なこと言わなくて

いつも人から誤解をされたり

不快な思いをさせてしまう人。

 

本人は、ただ純粋に相手と語り合いたいだけだ。

純粋にプロレスの話で、熱くなりながら

仲間みんなと切磋琢磨したい

ただそれだけなのだ。

 

彼は本当にプロレスが大好きで

彼は本当に仲間が大好きで

だからその仲間たちと

みんなでプロレスについて語るときは

子供のように目をキラキラさせて話をしてる。

 

そこに、誰に対しての悪意も憎悪も嫌悪もなくて

ただ純粋に、熱くなりたいだけなのだ。

 

だけど、彼の良くないところは

言葉が単調で、シンプル過ぎる。

そして、言葉の棘が鋭すぎるところだと思う。

 

お互いの悪いところを出し合って

改善しあって、追及して、良くし合いたい

そういう気持ちがとても強い人だ。

だけど、どうしても彼は

ストレートな言葉を使いすぎるせいで

その仲間の何人かを傷つけてしまったり

不快な気持ちにさせてしまう。

 

そして彼はとてもお酒を飲むけれど

とてもお酒に弱い。

本人はたくさん飲んでも平気だと思っているけれど

本当に良くない酔い方をしてしまう。

 

お酒に関しては何度も記憶を飛ばしてきたことに

さすがに反省をしているようで

近頃は気持ち減らしている努力は私も

毎日傍にいるだけにわかっている。

 

それでもスタートが大きくマイナスなところからなので

傍から見れば全く変わらないと思われてしまう。

実際やはり、私のいない飲みの席は

だいたい不安が的中している。

 

なので、私は今後まずいと思ったら

いったんソフトに切り替えさせるようにするつもりでいる。

 

話がそれてしまったけれど

彼も強情な人というか、本当に不器用で

なかなか柔軟に考えることが苦手らしい。

熱く語りたい気持ちが強すぎて

相手がこんな言い方をされたとき

どんな気持になるかを考えるところまで

まだ気持ちが追い付いていないみたいだ。

 

世の中いろんな人がいると思う。

彼のように勢いよくダメ出しをしあって

切磋琢磨して熱くなって趣味を楽しむ人。

趣味とは言え、突然ダメ出しだけをされたら

不快に思って話したくなくなる人。

ゆっくり自分のペースで、楽しみたい人。

たくさんいると思う。

 

それは、熱量の違いではなくて

楽しみ方や成長の仕方が違うだけなのだ。

 

趣味の世界に正解も間違いもないのだ。

どんな形でどんなペースでやっても

それが個人の正解で

それでこそ趣味なのだ。

 

だけど、彼のように純粋に熱く

楽しみたい

という気持ちの人の言葉は

どうしても大切なところが抜けてしまう。

 

ただダメ出しをするのではなく

大好きなところだって、言葉にしなければ伝わらないし

悪口を言われただけだと思われてしまったら

相手の人だって語り合う気にもならなくなってしまう。

 

彼はみんなが大好きで

みんなとプロレスをしていることが

一番幸せだと言っていた

 

だからこそ今日、私は叱り飛ばした。

 

その人の事そんなに好きだと思ってるなら

言葉を大切にしなさいと。

気持ちなんて、人にはなかなか伝わらないのだから

相手の好きなところ、相手の良くないところ

もっと良くなるところ

言葉を大切にしなさいと。

 

言わなくても伝わるなんて、思っちゃいけないと。

 

夫婦ですら、言っても伝わらないことのほうが多い。

親子ですらそう。

 

友人や仲間は、もっとそう。

特にお互い、趣味を楽しむ間ならなおさら。

 

あなたの言葉は、確かに愛をもっての

指摘なのだろうけれど

その気持ちを知ってほしいのなら

言葉を丁寧に使えと。

 

結局、今日もお酒を飲んでいる間の話だったので

彼は途中で限界を迎えてふてくされて

寝てしまったけれど

いつもと少し違ったのは

ちゃんと私の話を目を見て聞いていたところ。

 

彼も思うところや主張したい気持ちは

恐らくあっただろうし、まだすべてを

理解してくれたわけでも、納得したわけでも

ないのだろうけれど

まだ、今はそれでもいい。

 

9年、10年そんな生き方をし続けてきて

ここまで口うるさく説教をされたことは多分

今までなかっただろうから

急に説教されるようになって

すぐに変われとは私も酷だと思う。

 

ただ、少しずつ、変わってくれるように

私は生涯彼に対して

悪いところは言い続けます。

 

そして、周りの知らない彼の素敵なところも

たくさん自慢します。

 

この人は、こんなダメなところがあって

こんなにいいところがあるよと

今そのダメなところ

頑張って直そうとしているよと

 

彼の性格上

なかなか周りから受け入れられることも

少ないだろうと、私も思っています。

 

それでも私はやっぱり

旦那もプロレス仲間も大切だから

誰も喧嘩してほしくないし

あった時みんなで楽しく過ごしたいから

だれかが嫌な思いをして

疎遠になるのは寂しいから。

 

旦那のああいうところを

口うるさく言い続けることが

正しいのかどうかはわかりません。

でも、私が今できることなんて

それくらいしかないから

何百回喧嘩しても

私は彼に言い続けます。

 

言いたいことがまとまらないけど

みんなの事好きなんです私。

 

すみませんよくわからないことばかり

垂れ流してしまった。

 

 

 

 

約束なんて結局

あってないようなもんだと

思わざるを得ない。

 

どれほど心配しても

所詮そんな気持ちなんぞ

相手にとっては何とも思わないもんだ。

 

ここまで心配されるのが嫌なら

心配しなくても済むような生活してから言ってくれよ。

 

酒が入ると何もかも忘れて

すぐ感情的になって

人の話なんてまともに聞きもしなくなる。

 

そんな状態で、嫁が安心して

家で待てるとでも思ってるのか。

 

何かトラブルがあるかもしれないと思うような人だから

ケガや事故やらがあってからでは遅いと

そんな不安しかないような人だから

いつまでたっても子供みたいに

 

何処にいて何時に戻るの?

 

なんて確認しなきゃならなくなるんだ。

 

その辺もう少し自覚してくれ。

 

頑張ってるのかもしれないけど

元々がマイナススタートなのだから

せめてどこをどう直さないといけないんだよって

いう話くらいは、まじめに聞いて

受け入れてほしい。

 

独り身なら何しててもどんな目に遭ってても

そんなこと私の口を出すことじゃ

ないのかもしれないけど

 

あなたもう夫なのよ。

家庭もったのよ。

嫁いるのよ。

 

もう少し真面目になってよ。

私のことばかり責めてないで。

 

同じ事してやろうかしら本当。

いや、したところで

どうせ心配なんて微塵もしないんだろうな。

 

なんだか虚しいですよ私は。

 

いつまで独身気分で

酒に頼って生きるつもりなの。

 

再度言うけれど

あなたもう結婚してるのよ。

あなた一人の人生でも身体でもないのよ。

 

不安にさせないでほしい。

 

いつになったら理解していただけるのか。

 

 

 

 

 

 

人と比べる

 

よくないことなのはわかっている。

向上心からの比較であれば話はまた別だが

私に関しての「比べる」と言う言葉は

微塵も良いことのないものだということくらい

私が一番知っている。

 

なぜそれがわかっていてやめないのか

 

などと言われても

ならあなたは気の短い性格はよくないことしかないのに

なぜそれがわかっていて変われないんだ

と、私も言いたくなる。

 

私にとっての「比較」という気持ちは

そういうことなのだ。

 

いつも他人と自分を人に比べられて

いつもその度馬鹿にされてきた

いつも自信を根こそぎ折られてきた

前を向いても罵られて

周りと比べ続けられてきた

 

そんな人生の中

どうやって「私は自信をもって生きる」

などと思うことができるだろうか。

 

 

自分を責めることがダメなことも

自分が一番つらい事も

周りに迷惑なことも

何も生産性がないことも

自分が身をもって一番知ってる。

 

そして私の比較対象の数人は

私の中の最大のトラウマなのだ。

 

この26年の人生の中

一番色濃く私に付きまとっている

一つの呪いなのだ。

 

たいそう大袈裟に聞こえるかもしれないが

本当に私にとっては呪いなのだ。

 

そんなものを、たった1年ですっきり変われなど

できるはずがない。

 

良くないことも

変わらなければいけないことも

私が十分わかっている。

 

わかっていて、努力だってしている。

 

それでもまだ、退治できないのだ。

 

変われというなら、どうして

変わり方を教えてくれないのか

どうして一緒に考えてもくれないのか

 

やれというのは簡単だろうが

やる側はいつだって必死なのだ。

目に見えない分、何を頑張っているんだなどと

聞かれても、答えられるものではないから

努力などしていないと思われるのも

仕方ないのだろうけれど。

 

変わりたいのは当たり前だこんなもの。

それがうまくいかないのが

それを叱られることが

それがきっかけで暴れられることが

それが理由で見放されることが

どれほど辛いかもわからずに

投げっぱなしに変われだなんて言わないでくれ。

 

私だって変わるための努力は毎日してる。

それでも上手くいかないんだと、私は

何度も相談している。

 

私がこんな状態で気に入らないというなら

どうか助けてくれ。

 

自分の夫にまで私のこの性格を叱られたら

私はいよいよ自信など持つに持てない。

 

 

 

 

 

過去の事なんて気にするだけ無駄

至極御尤もだと思う。

 

これまで何度か記事を書いてきたけど

毎回私はそういう極論的な話のことになると

決まって言うのが

 

「理屈じゃないんですよ」

 

だ。

 

理屈じゃないのだ。

コンプレックスや劣等感というものは。

 

こいつらは尽くされる尽くされないなど

関係なく半永久的に

心の中に巣食っているもので

そんな状態が何十年と続くと

それはもう面倒くさい状態に

なってしまうわけだ。

 

口では簡単に説明できても

何がどう苦しいのかという

具体的な状態は話せない。

くだらないことだなと一刀両断

されるのが馬鹿な私でもわかるからだ。

 

そしてもう一つ言うと

具体的な解決法なども存在しない。

緩和させる方法も存在しない。

 

いくら尽くされても

いくら大切にされても

心のどこかで顔を覗かせてる。

 

そして周囲の人たちは

それに対して

 

「失礼だ」

「相手の気持ちを無碍にした感情だ」

「相手の気持ちも考えろ」

「わがままだ」

 

と言う。

 

言ってる意味はよくわかるし気持ちもわかる。

でもそしたら私はこの恐怖心と

どう向き合っていけばいいのかわからない。

 

 

ずっとずっと一言も漏らさず

誰にも話さず

私の心の中に閉じ込めておけば

みんな満足するのだろうか

それが正解なんだろうか

 

何が間違っていて何が正しくて

そんなふうにいなきゃいけないんだろう

 

正しいことって何だろう。

 

毎晩毎晩、嫌な夢ばかり見るのは

さすがにしんどい。

 

 

 

楽しい時間は恐怖でしかない。

私の心の中にまだ居座っている

わけのわからない疑心暗鬼が

何の前触れもなく顔を出すからだ。

 

過去の事なんて思い出しても

掘り返しても、突き詰めても

変わることなんでありえない。

 

あり得ないからこそ苦しいものがある。

 

時間は有限だ。

いつその時間が終わりを

迎えるかわからない。

 

私が得た時間が

私に与えられた時間が

全てのうちのほんの

一握りしかないのだとすれば

それは私の運命の一つとして

受け入れなくてはいけない。

 

過去に嫉妬するのも

過去に恨みを持つのも

限りなく時間の無駄だ。

 

そこまでは頭で理解はできる。

 

でも、理解ができているだけだ。

私は何も納得できてはいない。

 

私一人の問題ではないからだ。

 

パートナーだからこそ

湧き上がる感情なのは事実だ。

 

私はどうすればいい

 

疑い続けたいわけじゃない

信用というのがそもそも

どういうものなのかわからない。

 

示してくれなければわからない。

 

私は形や体現でなければ

安心できない人間なのだ。

 

言葉なんていくらでも

塗り固められる。

 

それを知っているから

恐ろしいほど体験してきたから

何度も裏切られてきたから

私は言葉というものを

一番信用していない。

 

「お前の過去のやつとは違う」

「一緒にするな」

そう口にする私のパートナー

お気持ち察します。

だけど違う。

 

一緒にしたいのではない。

一緒ではないのなら

同じことをしないでほしい。

 

私は言葉を信用しない。

しないのではなく、できない。

 

もとより人の心というものが

世界で一番信用ならない

もろくて不透明なものだからだ。

 

言葉に何の信用がある

言葉に何の根拠がある

言葉に何の力がある

 

人の心の中に生まれる不安は

言葉ではどうしても

拭い去れないものだって存在する。

 

 

 

 

世間ではこれを幸せというのかもしれない。

大切にされて、自分のことを真っ先に考えてくれる。

私の今おかれている環境というのは

たいそう幸せなのだろう。幸せ慣れした人にとっては。

 

私は、とても怖い。

 

私がこれまでしてもらった覚えのないことばかり

あたり前のように、当然のように

彼はいつも笑顔で私を第一に優先して

守ってくれる。

 

私は、何もしていない。

稼ぎもない、裁量も知恵もない

得意なものも役に立つこともない

私は何も持っていないし何もしていない。

 

なのにここまで大切のされる理由がわからない。

だけど彼が本心でそうしてくれていることも

よくわかる。

 

だけど私は馬鹿だから

彼の意図するところとちがうところにばかり

目が行ってしまう。

彼の思うことに対して

考えが全く及ばない。

 

だからいつも、私は屁理屈ばかり並べて

何と戦ってるのか知らないが

負けるものかと虚勢を張ったり

意地を張って、格好をつけて

謝るべきところで謝れない

 

そのくせ、本当は素直でいたい

素直に甘えたいし

素直にごめんなさいしたい

 

至極身勝手極まりないと

自分でも思う。

 

私が自力で、変わらないといけない。

彼に甘えることもなく

彼に寄り掛かることもなく

寂しいと思う気持ちも感じないくらい

もう少しドライになれたら楽なのだろうけれど

多分私は彼に対してそうもできないから

できるだけ、できるだけ

素直になりたい。

 

たった一言のごめんなさいが

素直に言えない。

こんなに情けないことはない。

 

彼が私にどれほど大きなことをして

愛してくれているかも

ロクに受け止めきらないで

本当に情けない。

 

わかっていないわけじゃない。

 

ただ、好きになった人から

愛されるとか 大切にされるとか

守られるということに対して

あまりにも経験がないために

不安が先に勝ってしまう。

 

今この幸せに慣れたら

万が一壊れてしまったとき私は

 

と、そんなことを考える。

 

壊れないように、

必死に彼は守ってくれているというのに

なんと失礼なことか。

 

本当に、心が弱いこと、

申し訳ない。

 

ただ、初めてここまで

私を大切にしてくれたこの人を

私も大切にしたいだけなのだけれど

私はとても怖いものが多くて

私はとても根性無しで

私はとても、できることが少なくて

私は、自分に自信が全く持てない。

 

いつも、困らせてしまってごめんなさい。

 

本当は、毎日毎日

幸せなんです。

毎日、嬉しいんです

毎日、本当に幸せなんです。

 

 

 

 

 

 

そろそろどうしたらいいかわからない
付き合い方も、接し方も

私はいつも、わがままになるって
自分を殺して生きたらいいのかな。


人それぞれ、長所と短所というものがある。

 

それは言葉が悪いのであって、すべては個性という一つの色でしかない。

 

個性というのは十人十色で、そしてそれは誰にも左右されることなく守るべき人権でもあると思っている。

 

犯罪や、悪意は別として。

 

私は、無個性だと自分のことをながいこと思っていたが、最近そうでもないことに気が付いた。

 

私は人見知りだ。

 

人当たりよく見られがちだが、常に人に恐怖心を持ちながら、悟られないように生きているフシがある。

私はもともと、気が強い人間ではない。どちらかといえば根暗な人種だ。

だが、根暗でいることにメリットを感じなくなった辺りから、私は人並みの対話と当たり障りのない距離感を観察して、私自身を守るようになる。

 

それが正しいか間違っているかは、問題ではない。

 

人間だれしも悪意は心のどこかに潜んでいるものだ。

どこでどんな姿で顔を出すかはわからない。

 

ただ、その悪意が、正義という皮を被って出てくるとき、それは悪になってしまうことにも、最近気が付いた。

 

悪意は、決して悪いものではない。

自分自身を守るために、必要なものだと私は思う。

 

ただ、その悪意を悪意だと認識し、その悪意が今本当に表に出てきていいものなのかを、自分で判断できなければ、それは未熟なこととさして変わらない。

 

悪意を持って、人は助けられない。

助けられるのは、自分の拙い恐怖心だけだ。

 

私は、自分の彼を見て、あまりにも彼の邪心のない純粋さに、言いようのない安心感と不安と、もろさを見た。

 

この人はきっと、感情という外部からのエネルギーへの防御策を持っていない。

守る術を教えなければいけないと思った。

それと同時に、私自身の脆さに気付く。

 

私は、どこまでのダメージに耐えうる鎧を着て生きているのだろうか。

 

 

「人のふり見て我がふり直せ」

という言葉がある。

 

私は生きてきた今現在まで、たくさんの反面教師と出会ってきた。

今でもそう。

でも、そういう目で他人を見ている私自身も、また、他人から反面教師として見られることもあるのだろうなと、哲学的なことを思った。

 

私はこういう人間だから仕方ない

私はこれで育ってきた

私は私だからこれでいい

 

そう思って生きるのは、確かに間違いではないと思う。

だけど、正解でもない。

 

自分の思うままに生きるのは、責任がずっと付きまとってくるもので、それを果たすことで初めて正当な言い分になる。

責任や義務を放置して、私は私だからなどとのたまっても、それはただの屁理屈でしかないと、私は思う。

 

自分は権力者だとか、自分は人格者だと、胸を張っていう人ほど、大した人ではなかったりすることが多い。

 

筋の通った人間は自分で主張しなくとも、外部から批判を受けることはない。

 

「この人は認めてくれるからいいじゃん」

「この世界では認めてくれるからいいじゃん」

大いに結構。

 

だけど、その小さな世界でしか認められないものを、別の人間、別の世界の人間に押し付けるのは、大きな間違いだ、と、思うのだ私は。

 

社会でも、趣味の世界でも、人間関係でも、同じだろう。

 

私にも、至らぬところがたくさんある。

だからこそ、生涯を通して対峙する数多の相手のことを観察しなければいけないし、相手を自分の意志のままにどうにかできる、どうにかしようだなどと、思い上がらないことだ。

 

人間が一番嫌うのは、心を支配しに来られることだと思う。

 

あまり、人に言いたくないこと

というと、多少大袈裟に聞こえるかもしれない。

 

厳密には、言葉にできないこと、だ。

 

現在付き合っている恋人の、「今」の一番は、確かに私かもしれない。

だけど、恋人にだって過去と思い出があるのだ。

私の前にいた、元彼女さんたちだっている。

 

私は、その人達と、ずっと比べられながら生きなければいけない。

連絡先を消してもらおうが、話をしないでと友達付き合いをやめさせようが、そんなもの何の解決にもならない。

 

彼本人の、心の問題でしかない。

 

私は、ずっと彼の元彼女に対して劣等感を感じて生きている。

周りの、元彼女を知る人はみんな、口をそろえて、できた人だ、女神だ、レベルが違う。と、褒める言葉しか吐かない。

 

片や私ときたら、お前は手がかかる、おまえはでき悪いから、お前はめんどくさいやつだから。

 

こんなふうに、私は言われて、どう自信を持てばいいのかわからない。

罵倒ばかりされて、レベルの差をこうして恋人本人から言われて、私は何をどう安心して、気にしないでいろって言うのか。

 

彼の言う、「お前が一番なんだよ」は、きっと本当だと私だって思ってる。

 

でも、そこじゃない。

できのいい彼女の後に、私が来て、出来が悪いめんどくさいと、言われ続けて、元彼女はきっと、もっと気が利いたこともできて、大人で、イイ女だったんだなと、思わされて、私は何をどう信じたらいいのかわからない。

 

結局、連絡先消そうが、話すことをやめさせようが、彼の中に元彼女がいる限り、何にも変わらない。

 

私には何もできないし、元彼女にも、恋人にも、きっと何もできることはない。

 

こんな、誰もどうしようもないとわかっていることなのに、ずっと考えてしまうのが、本当につらい。

 

何より、事実私は、元彼女が、彼にしていた事してきたことを、何もできない。

 

わかってくれとたとえ話をはさんでも、マウントだと言われてしまう。

私は、どうにもならない気持ちしか、渦巻かない。

 

苦しい。

誰も悪くない。

私だけが悪い。