スカルノ大統領との間にできた娘との確執
1965年軍事クーデターの中スカルノ大統領失脚
そのころ、娘を出産
行き場を失いパリに亡命したスカルノ夫人
パリで聞いた元スカルノ大統領死去
新居をパリにして娘を育てる
母は娘に父親が必要と思ったが娘と二人の生活がつずく頃
クーデターによってとられた別荘などなど財産を取り返すことにした
「お母さんは私が12歳の時寄宿舎にいれた」ことが
心の傷になり母を信じられなくなる娘
「私は母に愛されてない」
彼女が大学を卒業後ニューヨークで娘と同居しようと思った矢先
娘は失踪した
その後
確執が表に出てきた
25年にわたる
しかし、キラン君(孫)と会うようになってから心がほぐれるようになってきた
デビィ夫人が振り返り思うことは「相手が素直な心を取り戻すまでキ長く待つことが大切」
とお話されています
母親って宇宙のように大きいですね