長い長い精巣腫瘍の闘病生活でした。
ろうまくが茶色くなった時には、「こうなったらあと〇年くらい」と言われていましたが、それよりもずっと長く頑張りました。
何度も脚の不調を乗り越えてきました。
お腹の腫れ大きくなった時に打ったリュープリン注射、一度目は効果が出ませんでしたが、濃度を上げて二度目に打った後に腫瘍は小さくしぼみ、飛べなかったサリーが再び飛ぶようになりました。
そこからしばらくすると、またお腹が腫れ始め脚の不調、腹ばいで移動する生活になりましたが、木曜の夜まではご飯もしっかり完食できていました。
金曜の朝、オーツ麦を少しつまんだだけであまり元気がないようにみえたので、再診の予約日は来週の土曜でしたが、1週間早めて明日の土曜に連れて行こうかどうしようかと考えながら仕事に。
帰宅後のサリーはその後もご飯を食べてません。
サリーは病院嫌いで、キャリーに入れると身体をプルプル振るわせます。しんどい思いしてまでストレス与えてまで病院に連れて行くのはやめようと思える状態でした。
おみちゅ、レイちゃんは家にいる時に最期を見送ったので、なんとなく覚悟もできてました。
ただ心残りなのは、そう思ってたなら寝ずにサリーを見てあげてたらよかったと言うこと。
4月26日(土) 朝4時45分、目覚めてサリーの様子を確認すると、すでに亡くなっていました。
うちの子の火葬でいつもお世話になっているところへ、今向かう電車内でこれを書いてます。
今日は初めて先にお空に行ったみんなとサリーに向けて手紙を書きました。手紙をサリーに届けてもらうと言う想定で、一緒に火葬します、、、って、みんなが読む前に燃えてまうけど、そこはスルーで。
いつのサリーの写真を載せようか考えてると電車は目的地に到着。
鳥に見える雲
サリー、お空に昇って行きました
10歳11ヶ月の鳥生でした。
優しいあなたにはいつも癒されました。
ありがとうサリー、またね。