色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。 -38ページ目

色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。

 横浜市北部、青葉区、都筑区、緑区に不動産賃貸・管理を担当に地域密着で毎日走りまわっています。都筑区生まれ、緑区育ち、青葉区の高校卒業、青葉区の会社に働いて、田園都市線市ヶ尾駅で不動産業を営んで、自宅は緑区です。生粋の横浜北部人間です。
 

 先週は会合の連続でした。

 金曜日の会合帰りにまた転んでしまいました。

 一昨年に顔面強打事件からお酒を飲んだ後の歩行は気を付けていました。

 今回は登り階段ではなく、下り階段に前のめりに転びました。雨が降っており、階段の淵が金属だった事が原因でした。
前のめりになり、そのままスーパーマンの様に階段の中断から一番下の段まですべり落ちてしまいました。

 幸い怪我は擦り傷でしたが、この後更なる悲劇が待っていました。

 落し物がないか確認して駅に着いた時に愕然としました。当時、私は白いシャツに、グレーのパンツを履いていました。前のめり転んだので当然前側が濡れます。シャツは濡れても色の変化が無かったのですが、グレーのズボンがいけなかったです。

 グレー模様が水を吸って、見事な黒色に変化しておりました。丁度、大事な部分から放射状に色の変化があり、あたかもオシッコを漏らしたような柄になっていました。

 これで、電車に乗るは恥ずかしい。しかし、家人に「転んでズボンがオシッコをもらしたような柄になったから外泊します。」との電話も恥ずかしく、あらぬ嫌疑をかけられても困るので、意を決して電車に乗りました。

 その後の恥ずかしい行動はご想像にお任せ致します。転倒時のパンツの写真も撮っておけばよかったです。

 なんでこんなに転んでしまうのだろうか?


$不動産会社 アトミックハート株式会社代表取締役小林明のドタバタ日記


























件の忌まわしい階段です。

 昨日のバドミントンの試合の後遺症で右肩があがりません。 

 何気なくYouTubeを見ていたら本人の話が出ていいました。




 実はあまり好きではない芸人さんですが、この行動力には正直に涙が出ました。自分も震災時にただ、少しのお金とタオルと靴下だけを集めて送ることしかしませんでした。しかも少し自己満足もしていました。自分が恥かしくなりました。

 人助けの意味が少し解ったような気がしました。