はっぴいえんど最後のアルバム、『HAPPY END』の解説集です。
セカンド『風街ろまん』に較べて、評価が低いこの作品ですが、隠れファンは案外多いと聞きます。
かく言う自分も、そのひとりです。
はっぴいえんど三作中、いちばん好きなアルバムです。
のんびりした脱力感がいい。
前2作にあった緊張感が消え去り、結果的に素晴らしい空気を醸し出しています。
下の本文に挿入した画像も、その雰囲気に合わせました。
メンバーの表情に笑顔があるものや、イラストといった、「やわらかめ」のものを選んでみました。
とかくクラいといわれたはっぴいえんどにあって、貴重なもの?です。
本文とあわせて、お楽しみいただければと思います。
引用元リスト
『定本はっぴいえんど』
『音楽社会学でJ‐POP !!!』福屋利信著
『レコード・コレクターズ増刊』 2000年刊 はっぴいな日々
『ユリイカ』 2004年9月号 特集はっぴいえんど 35年目の夏なんです
『レコード・コレクターズ』 2015年1月号 特集はっぴいえんど
『レコード・コレクターズ』 2017年10月号 作詞家・松本隆の世界
『別冊ステレオサウンド 大瀧詠一読本 完全保存版』
『ニッポンの音楽』佐々木敦著
風来坊
真保みゆき 最初にこの曲を耳にした時の衝撃は忘れられない。歌詞の量が、ひょうし抜けするくらい少ない。せんじつめて言えば、「ふうらりふらふら風来坊」という1行目の、以上でも以下でもない内容なのだ。『風街ろまん』の歌詞を、字面込みで暗記していたような時期だったから、これはショックだった。中盤、演奏がブレイクした後に出てくるコ-ラスが「ラララララ~」から再び「風来坊」へと戻った時には、なんかだまされているんしやないだろうか。そんな気分におそわれたくらいだ。メンバーにとって初の海外録音だった『Happy End』だが、ロサンゼルスにおもむく以前、すでに解散が決まっていたという。望むと望まざるとにかかわらず、はっぴいえんど以後々を意識せざるを得ないレコーディングでもあったわけだ。結果、細野作品に顕著にうかがえるのが、『相合傘』にも共通する松本詞離れ、語呂を強調することで、独自の乗りを出していこうとする作風だった。ホーン・アレンジを担当したカービー・ジョンソン以下、スタジオ・ミュージシャンたちによってもたらされた音色の軽やかさも印象的だ。ある意味ホーン・セクションが主役を演じているといってもいいくらいで、フリューゲル・ホーンがおだやかにお先ぶれをつとめ、トランペットが舞い立つようなソロを聞かせる展開は、何度聞いても飽きない。そうした演奏がなにごともなかったように消えていくエンディングのおかげあってか、ラストに収録された『さよならアメリカ さよならニッポン』のアヴァンギャルドなポリリズムにも、かえって胸落ちする感覚さえおぼえたものである。『さよならアメリカ…』に参加したヴァン・ダイク・パークスとのセッションは、日本でそれまで経験していたレコーディングが「絵巻物」だったという認識をもたらしたくらい、立体感に富んだものだったという。楽器の音色を立体的に配することで、歌詞のミニマルさとは裏腹に豊かなイメージを喚起する『風来坊』も、そんな体験と連動する恰好で生まれた作品といえるだろう。『Hosono Box』に収録されたリミックス・ヴァージョンが、そうした想像をいっそうかきたててくれた。
大里俊晴 言葉を徹底的に形態として捉える頑固な形式主義者、作詞家細野晴臣の資質が初めて十全に開花した重要な作品。その姿勢は、殆ど未来派やレトリストを思わせるものだが、その根底には彼が幼少時に慣れ親しんだアメリカン・スタンダードがあるのだろう。何の知識もないまっさらな耳には「ボタンとリボン」はどうしたって「バッテンボー」としか聞こえないのだ。そう、細野晴臣はいつまでも子供の耳を持った大人なのである。
氷雨月のスケッチ
祢屋康 「氷雨」はもともと夏に降るヒョウを指していたようだが、現在は晩秋・初冬の冷たい雨のことを表すことが多いそうだ。雨の向こうに煙る街を背景に、主人公は別れ話をしている。マイナー・コードが響き、最初はモノトーンの映像が浮かんでくるが、涙に濡れた赤や黄色のパラソル(なので夏の情景だろうか)や、彼女のスケッチは「12色の色鉛筆」で描かれたものなので、色の濃淡の印象が対比され、夏だとしても少し寒そうな別れの場面が浮かんでくる。「こんな淋しい話」はやめようよと主人公は言うが、出口はなさそうだ。鈴木茂が作曲・歌唱を手がけ、哀感溢れる歌を聞かせている(サビは大瀧詠一が歌う)。
和久井光司 鈴木茂、一世一代の名曲と言っても過言ではない絶品だ。ジョージ・ハリスンが『アビー・ロード』で冴えわたっているように、このアルバムにおける鈴木は全面的に素晴らしいのだが、ソングライター、ギタリスト、ヴォーカリストとしての成長が三位一体となって凝縮されたこの曲は、間違いなく本作のベスト・トラックだろう。ファズとトレモロによって、絶え間なく繰り出される濁った泡のように加工されたギターの音色に、まず驚かされた。そして、それがサウンドの効果として以上の働きをしている様に、録音芸術の在り方を考えさせられたものだ。ショボショボと鳴り続けるギターはドローンのようでもあるのだが、演奏されている音をスコアに記録してしまえば、通奏低音の役割にはならない、低音弦の拍打ちだったりする。ドローンのような効果は、つまりエフェクトによって得られているわけで、これは譜面には表わせないものなのだ。『さよならアメリカ さよならニッポン』でもライヴでは再現不可能なエフェクトが絶大な効果となっているけれど、そこまで再現不可能=ヴァン・ダイク寄りではないのが、この曲における鈴木のギターである。エフェクトの元ネタはローウェル・ジョージ辺りだが、使い方はまったく違う。松本の詩の世界を映像的/空間的に表現したようなそれは、レコーディング・グループとしてのはっぴいえんどの価値にも大きく貢献し、世のギタリストたちに演奏テクニックではない「表現」というものを考えさせたのだった。それにしてもいいテイクだ。ヴォーカルのメロディ・ラインはいたってシンプルだし、コードやリズム、アレンジ全般も前述のエフェクトを除けばそれほど特異なものではない。ぶっきらぼうなヴォーカルと松本の詩の世界がよくマッチしているのも成功のポイントだけれども、とりわけ何か…というのではなく、それらが合わせ技として一曲に集約されていることがすごいのである。さまざまな要素を配合した微妙な匙加減によって現出された浮遊感は、過去の日本のロックにはなかったものであり、こういうテイクは現在のテクノロジーを駆使しても作れるものではない。音楽のミクスチャー性を重層的に記録した録音作品として、後世に語り継ぎたいナンバーだ。
小川希(1) 名曲中の名曲である。そしてアダルトだ。なんといっても大人の匂いがプンプンしている。女性にその匂いをちょっと嗅がせただけで、「あれ、ちょっと酔ってきたみたい、私」みたいになること間違いない。しかも、このR指定茂ギターと夕グを組んで、茂ヴォーカルがこれまたメロウ。降りしきる雨の中での大人の男女の悲しい恋模様が展開されている。だが十二色で描かれた顔が、涙で濡れてクシャクシャになろうとしたまさにその時、「ねえもうやめようよこんな寂しい話」と、大瀧詠一登場。この感情か絶頂まで高ぶった、締めのサビ・ヴォーカル。なぜ、なぜにして譲っちゃうんだ。ここか一番いいとこなのにと思ったの私だけであろうか。しかし、一番いいヴォーカルを他に譲ってしまうところなんかからも、あくまで「オレはギタリストである」という自負、生き様みたいなものを、勝手に感じてしまう。しかし、この曲は泣かせる、悲哀に満ちた感情がヴォーカルにもギターにもギュウギュウに詰まっている。
小川希(2) 鋭利な刃物の、体温を下げるエロス。そんな印象の湿潤なイントロで空気がスッと斬られる。ゾクッとした。昔初めて耳にしたときには、「あれっ、まさか?」と宙吊りにされた気分かしたものだ。CDのライナーにはシンガーのクレジッ卜がなかった為だ。サビにきて大瀧詠一の声と入れ替わったときに、鈴木茂の唄う歌であったと漸く確信する(そんな恥ずかしい話)。『花いちもんめ』に続いて赤や黄色に彩られる松本隆の詞も、揺れるヴォーカルにこの上なく滲んで熔けて寄り添う。そして二人はもう一枚のはっぴいな宝モノ、『BAND WAGON』へと歩みを進めた。曲紹介の禁句だろうけれども、つくづく「好いうた」だと思う。繰り返し聴く度の、心地好くも切なく目か潤むような錯覚と、覚醒。
レコーディング地のロサンゼルスで
明日あたりはきっと春
立川芳雄 『Happy End』で、松本隆の歌詞はそれまでとは大きく変わった。『はっぴいえんど』時代のメッセージ性はもちろんのこと、『風街ろまん』に顕著だった日本的でウェットな雰囲気も希薄になった。それに代わって出てきたのが。具体的なイメージを羅列し、からりとしたセンチメンタリズムと、程良いバタくささを醸し出すという手法である。後に松本が歌謡曲の売れっ子作詞家になる伏線は、すでにこの時代に用意されていたと言ってよい。この曲の歌詞も、別のメロディーをつけて松田聖子あたりに歌わせても違和感はなさそうだ。 メイジヤー7thコードを多用した伸びやかな曲調と、鈴木茂のぶっきらぼうな歌いっぶりが、不思議な調和を見せる。曲の雰囲気を決定づけているのは、ビル・ペインのピアノとトム・スコットのサックス。当時こんな演奏のできる者は日本にいなかった。LA録音ならではの一曲だ。
小川希 ファーストの生活感たっぷりのオモーい雰囲気の中で待ちわびていた春の迎え方も、このサードでは、すっかりラララララなカルーいアメリカンな感じに変化を遂げる。これが同じバンドの春の待ち方なのだろうかと訝しがる人も、このアルバム発売当時は多くいたのではないだろうか。それもそのはず、この曲はまさにLA録音の産物で、日本の土臭さが臭ってこないのは当然だともいえる。だって西海岸で、お雑煮食って「春よ来い」とか言ってたら、変な人でしよ。やっぱ太陽サンサン、ラララララでしよ。トム・スコットのサックスがこの曲の西海岸っぷりを際立たせている。ちなみに、ティン・パン・アレーのセカンドアルバムでは、この曲のインスト・バージョン(ギター=鈴木茂、ベース=細野晴臣)を聴くことかできるが、よりいっそう「大人じゃん」な仕上がり。
無風状態
立川芳雄 『Happy End』と『Hosono House』は中学生のときの愛聴盤だったが、そのころの私のなかでは、この曲と『さよならアメリカ さよならニッポン』そして『Choo Choo ガタゴト』『住所不定無職低収入』といった曲が、奇妙にダブつていた。いま思えば、これらの曲はすべて、「定住を拒む人間」としての細野晴臣のあり方を象徴するものだ。『無風状態』のなかに登場する、異国の「土と木の実」をもって「都市の海まで」航海する船長の姿は、さまざまなジャンルの音楽を私たちに紹介してくれる細野そのもの。しかもこの曲は、後の彼のいわゆるトロピカル三部作につながるようなエキゾチシズムも感じさせる。鈴木茂の弾く、極端に加工されたエレキ・ギターが印象的。ギター・バンドでありながらテクニックをひけらかさず、しかも実験的でホップな音を作るという要求を、当時なりに巧みに満たしている。
大里俊晴 今思うと「風かなけりゃ ねえ船長」などというフレーズに風都市からの決別を見ることも可能だろう。かつての路面電車が渡って行く海は、やはり都会の喫茶店の片談で紡ぎ出されたポエティックな海でしかなかった。だが、細野はここに来て本物の海へ我々を引きずり出した。ここから彼のトロピカルでエキゾチックな旅が始まる。しかし、それは脳天気な明るさの裏に、夕イタニックの遙かなトラウマを隔世遺伝した海だったのだ。
もらったギャラを咥える細野晴臣。後ろは松本隆
さよなら通り3番地
小川希 リトル・フィートのローウェル・ジョージの奏でるスライドーギターが印象的なファンキーなナンバー。リトルーフィート、スライド・ギターとくれば、やはり鈴木茂が単独渡米して制作した初ソロアルバム『BAND WAGON』が頭に浮かぶのだが、この曲も、そんな楽隊車が走り出すことになる道と確実に繋がっている一曲といえる。男女間の悲しい関係を描いた情景か浮かび上がってきそうな松本隆の詞に対して、曲の調子はそれとぱ全く違い、ほんわかムード満点。そのギャップが逆に新鮮で面白い。またこの曲では、鈴木の歌い方も他の二者とは違う一種独特の色を醸し出しており、第三のヴォーカリストとして、はっぴいえんどの音色を彩り豊かにしている。
能地祐子 リトル・フィートのローウェル・ジョージとビルーペインが参加。ザ・バントを思わせるリズム・アレンジ~ホーン・アレンジも心地よい。ホップなメロディをファンキーなグルーヴでバックアップする…という、鈴木茂のソロ活動初期の手法は、ここですでに完成している。初ソロ・アルバム『バンド・ワゴン』をリリースし、自らのリーダー・バンド『ハックル・バック』を結成した時期の楽曲と本曲を一緒に並べてもしっくりくる、そんな仕上がりだ。歌詞の語句を短くたたみ込むのではなく、ひとつひとつ長く引き延ばしながらメロディに乗せていく作曲法は前作の『花いちもんめ』以来の鈴木らしい持ち味。歌詞もほんの6行だが、躍動的なギター・リフを交えながら、行間の情緒もたっぶりに、寡黙なようでいて饒舌な、独自の世界を構築している。線の細さを逆に効果的に生かした爽快な歌いっぷりは、歌い手としての「覚醒」を表明している。
相合傘
和久井光司 細野がソロ・アルバムのために用意していた曲だったが、LAに到着しても作品が揃わなかった本作のために仕方なく提出された。もともと作者責任監修制のレコーディングを特徴としたバンドだが、「はっぴいで演る」という意識が創作の段階であるか・ないかの差は大きい。本作を発売日に買い、大いに気に入ったが、この曲のもろに「細野ソロ」といった佇まいにはやはり違和感があった。大好きな曲だし、繰り返し聴くと「味」も増幅されてくるから、これが良くなるほどはっぴいが遠くなっていくような悲しさもあって、複雑な気分になったものだ。ジェイムズ・テイラーからシンガー・ソングライター全般へと興味を広げていくのがフツウだった時代に、すでにニューオーリンズからアメリカ音楽のルーツへと遡っていた細野の嗜好がよく出ているアコースティックなファンク・ブルース。こんな弾むアコギは日本の音楽にはなかった。
大里俊晴 何と言っても「ほおづきクチュクチュ」というフレーズがずっと先での「ほおずりクスクス」を準備している、というところか絶品。形式主義者細野は、実は恥ずかしがり屋なんだな。詞で韻を踏む習慣のある欧米のソングライターならいざしらず、語呂合わせでラヴソングを歌ってしまう、というの、かこの時代の日本で実現されているというのは凄い。ゲンスブールなみ、と言ったら言い過ぎ? 口語体による日本語の異化も見事。
小川希 アルバムの日向に唐突と降り注ぐニワカ雨のようなイントロ。それがパッとあがって訪れる、ゴキゲンなオータキロックンロールの夏。鈴木茂のギター、シュワッと弾ける泡のようにも粒立つ、音の炭酸飲料水(サイダー!)が、ここでも全開爽快。手拍子もコーラスも、そして勿論ベースラインも愉快にキマって、字余り気味の歌詞も大瀧詠一のヨーデル18番にハマって。癖ニナリマス。万能ポップシンガーとしてのみならず、ロックンローラーとしての大瀧詠一にもときには焦点を合わせてみたい。『はっぴいえんどBOX』収録『はいからはくち』、その「うららか」なアレンジ(ダ・ドゥ・ロン・ロン)にはブルったが、ライヴでこの曲を演ったならどんな風だったろう。聴キタカッタ。
田舎道
湯浅学(1) 軽快なカントリー・ロック風で、『あつさのせい』の続編的な感覚がある。イントロの流れるような鈴木のギターにしびれる。少し重めの細野ベースのドライヴ感もさすが。「マーマレード色のおてんとうさま」の歌い出しで一気にイメージが広がる。静かな夏の日を描いた『夏なんです』とは対照的に夏の解放感と躍動をスケッチして、鈴木茂『バンドワゴン』所収の『八月の匂い』に通じている。「駆け出したい田舎道」で夏の晴天、おどけながらいちゃついている爽快感は、これまでのアルバムにはなかった風情。これは渡米効果だろうか。日本にはない乾いた空気が、音楽の向こう側への想像からではなく、実際に身を置いている場所そのものにある。スタジオの響き、楽器の鳴り、初めて体験する体感はやはり影響したのだろう。
湯浅学(2) 抜けるような晴れた夏の日。その陽射しの強さを思い出させる歌い出し「マーマレード色のおてんとさま」言葉とメロディとビートの溶け合い方が暑い。タイトルどおり「カントリー・ロック」な作品。歯切れよくなめらかで軽妙な鈴木茂のギター・プレイが冴え渡る。イントロの2本のギターの重なり合ったリフレインは暑気を醒ます涼風の如し。メロディと編曲面では大瀧ファースト・アルバムの「あつさのせい」と兄弟作。歌詞としては『夏なんです』の続き。さらに鈴木の『バンド・ワゴン』の『八月の匂い』へと続く。ピアノはビル・ペインか?『空いろのくれよん』に続くヨーデルものであり、その使用に関して日本ロック史上でも稀有なこだわりを見せる(音頭作品群も想起せよ)大瀧の「手拍子」技ものでもある。ところで「向日葵ぽうぽう燃えている」季節に「菜の花畑」があるだろうか。3番だけ春なんんでしょうか。
外はいい天気
湯浅学 『田舎道』と同じ”晴天ソング”。部屋に差し込んでくる陽光を、「水いろ」と歌っているのは新鮮で、時間を逆流させると実はここにサイダーのイメージがあった、といえなくもない。部屋のふたり(男と女)でいるという設定は、『かくれんぼ』から続いているが、この曲は『それはぼくじゃないよ』のふたりのその後のような気がする。元の詞は二行長かったのでここでは短縮してある。大瀧のソロ活動ステージで、この曲はよく歌われたが、そこでは全長版だった。『デビュー』に収録の『外はいい天気』でそれが聴ける。うすぼんやりとした時間感覚を表現しているような、大瀧のこの曲の歌唱は母音が半分溶けている。この歌唱を小林克也は「坂本九っぽい」と指摘。それがヒントとなり、『ナイアガラ・カレンダー』の『お正月』を歌う歌手名を「坂本八」としたという。『風街ろまん』では聴けなかったリヴァーブ感があり、ドラムスは全体的に軽めにミックスされている。快調だったギターが前に出ているのは頷ける。メンバー四人はミックス・ダウンには立ち合わず、ウェイン・デリーとディレクターの三浦光紀に任せて帰国している。できあがったミックスを聴いて大瀧は全体の印象について、「ウェイン・デリーがあんなに歌をデカく入れるとは思わなかった」と語っている。
萩原健太 ファースト・ソロ・アルバムの制作を経て、すっかりポップス系ソングライター/プロデューサーとしての本領を開花させた感のある大瀧によるロマンチックな佳曲。むしろファースト・ソロか、『ゴー・ゴー・ナイアガラ』、あるいは『ナイアガラ・カレンダー』あたりに収録されていれば収まりがよさそうな気もする。と、そんな意味でも、まさにのちのナイアガラーサウンドの一端を予見させる作品だ。C→A7がという進行や、一瞬のディミニッシュ・コードなど、ハリー・ニルソンあたりを筆頭とする、抗いようのないノスタルジアをたたえたシンガー・ソングライター的な匂いも感じさせる。冒頭のスキャットには、たとえばフリートウッズのような、ロックンロールとは少々縁遠いアメリカン・オールディーズ・ポップの味も漂う。明らかに大瀧にとっての同世代ロック探究期は終わっていたということか。のちにソロ作『デビュー」で再演されている。
飯田豊 ソロ・アルバムの制作を通じてすっかり気抜けしていた大瀧が、松本の処女詩集『風のくわるてつと』から転用された歌詞をもとに、現地で急場をしのいで編み出した楽曲。今日まで語り継がれるこうした舞台裏を踏まえ、後年のナイアガラを思わせるメロディアスなサウンドを耳にすると、しばしば指摘されるように、次なる展開を模索していた大瀧の習作といった感は否めない。したがって、はっぴいえんどの楽曲群のなかでは『空いろのくれよん』の系統に位置付けられるが、むしろ、後に「音の魔術師」と称される大瀧詠一の軌跡との合わせ鏡によって評価されるべき作品。
さよならアメリカさよならニッポン
湯浅学 一番の驚きはヴァン・ダイク・パークスの登場だった。10月17日、曲の形を模索していた最中に突然スタジオに現れアレンジを買って出たパークス。非常にハイパーで、はっぴいえんどの面々は呆気にとられていたという。曲作りは一気に進み基本トラックに歌とコーラスを入れた状態で一行は帰国した。出来上がった盤を聴いてまたびっくり。聴いたことない演奏がたんまりダビングされ、ヴォーカルはエフェクト処理され、とんでもないダイナミックな音像の曲に仕上がっていたのだった。こうなるとは、誰も予想だにしなかった。聴くほうはそのような事情は知る由もない。それがはっぴいえんどの惜別の曲となった。最後にすごいことをやるもんだと、少々混乱しながら感心したものだった。アメリカにもニッポンにも別れを告げて、どこへ行くのか、「メキシコにでも行くのか」とローウェル・ジョージはこの曲を聴いていったという。最後の最後に圧倒的に簡潔な言葉を繰り返すとは、この人たちはやはりただものでない、と改めて思い、この後をさらに追い続けようと強く思った。それはこの曲が終わるに終われないでいるように聴こえたからだ。ヴァン・ダイクパークスが投げかけた「未知」と快い「不可解」は今もたいそう有効だと私には思える。
亀淵昭信 フェイズ・シフターを使った、お経のような歌を聴き、単純な歌詞を一緒に口ずさんでいるうちに、アメリカとニッポンが走馬燈のよう、ぐるぐる回り出し、アメポン、ニッリカになってしまうのです。しかし、アメリカはアメリカでニッポンはニッポン、そしてはっぴいえんどにはお疲れさま、ありがとう、さよなら、と言わなくては。
能地祐子 大瀧詠一がLAのスタジオで何気なく弾いていた2ビートのカントリーっぽいオリジナル曲をたまたま耳にしたヴァン・ダイク・パークスが、その短いメロディに触発され、即席で次々アイデアを提出しながら、メンバー4人と合作した作品。ちょうどトリニダード周辺のポリリズム系の音楽に凝っていたヴァン・ダイクがリーダーシップをとる形で、日本もアメリカも、様々な国境を軽々と飛び越えてしまうかのような刺激的なサウンドを作り上げた。はっぴいえんどの「ハッピー・エンディング」を高らかに宣言するメッセージーソングといった趣か。アメリカ産のロック音楽を日本人が演奏するというのは一体どういうことなのか?その核心を最後の最後に、俳句よりも1文字少ない、わずか16文字で言い表してしまったはっぴいえんど。73年以降の日本のポップーミュージックはすべてこのコンセプトの元で発展を遂げてきたのかもしれない。85年6月15日、解散から12年を経て、はっぴいえんどはたった一度の再結成ライブを行なった。東京・国立競技場にサザンオールスターズ、佐野元春、松任谷由実、小田和正、財津和夫ら多くのミュージシャンと6万人以上の観客を集めて行なわれたイヴェント「オール・トゥゲザー・ナウ」。イヴェント中盤に実現した伝説的な再結成ステージのラスト、はっぴいえんどはこの曲を演奏した。4人のオリジナル・メンバーのバックには、ほぽひと回りは下と思われる若い世代のバンド、ワールド・スタンダードやピチカート・ファイヴ、シショーネン他が勢ぞろい。大瀧詠一の「シング・ア・ソング、チルドレン」という言葉を合図にいっせいにコーラスに加わった。ライヴ盤『The Happyeyend』にも収められたこの瞬間は本当に感動的だ。大瀧自身はレイ・チャールズの『愛さずにいられない」を軽い気持ちで真似しただけだったと語っているが、図らずもここでの「チルドレン」という言葉が日本のポップーシーンの構造を聞き手に明快に思い知らせてくれた。はっぴいえんどがすべての始まりであり、そのオリジナル・メンバー4人も含め、あらゆる者がはっぴいえんどの子供たちなのだ。はっぴいえんどを語るとき、誰もが思い出さざるをえない意義深い名曲だ。
飯田豊 周知のようにはっぴいえんどは、それまでのロック表現を強く枠付けていた「進んだアメリカ/遅れた日本」という歴史的構図を前にして、言語体系の模倣によってそれを克服するのではなく、この構図の自明性そのものに疑問符を投じたバンドである。しかしそれゆえ皮肉にも、日本における口ツクの大勢において、彼らは否応なく(表面的には日本語ロック論争というかたちで)「アメリカ/日本」の対立軸との隣り合わせを余儀なくされた。はっぴいえんどの軌跡を締めくくる「さよならアメリカ さよならニッポン」という軽やかなリフレインは、国籍を超越する口″ク音楽の普遍性を提示するとともに、はがらずもこのバンドか背負ってしまった宿命からの自由を祝福しているかのように響いてくる。
了









