弁護士は裁判をするのが仕事ですが、



たまに・・・



相手の弁護士が明らかに間違った法的主張をしてくることがあります。



福岡の場合は、まだ弁護士どおしの顔がわかるので、



「あー、あの弁護士やったら間違っていてもおかしくはないな。」って思えるんですがw



たまに、かなりのベテランで有名な弁護士がおかしな主張をしてくると、



「ん?俺の理解が間違っているのかな。」と不安になることがあります。



で、いろいろ調べても相手が間違っているとしか思えなくて、



不安になりながらも自分の信じた主張を裁判所に出すわけです。



そしたら、やっぱり自分が正しいことがほとんどです。



今回も労働事件で有名な弁護士と労働裁判をやっていますが、



明らかに相手が間違っている・・・ように思える。



不安になりながらも、おそらく、今回も自分の信じた主張を裁判所に提出することになるのであった。

なんかようわからんけど、人工衛星やらミサイルやらで騒がせている北朝鮮。



前将軍様が亡くなった際は、新しい指導者が国民の利益のために考え方を変えてくれるんじゃないかと少しだけ期待していましたが、



どうも、もっとアカン指導者っぽいですね。




みなさん、幸せの定義を考えたことがありますか。



まあ、「みなさん」と言っても、今、このブログを見ている人はいないと思うので、おやじの独り言になりますが。



私の定義は、



「時計を気にしないで過ごしていること」です。



要するに、時計を気にしているということは、その一瞬に集中していないというか、次のことや別のことを気にしている証拠です。



「(今が)早く終わらないかなー。」とかね。



その瞬間に集中しているときは、時計を見ることなんてないですよね。



楽しいときって時計を気にすることはないですよね。



また、たとえ、嫌なことをやっているときでも、それに集中しているときは充実した時間の使い方をしていると思うんですよ。



それが「幸せ」ということではないかと。



たとえば、好きな人といるときは、時計を気にすることなんてありません。



その時が充実して楽しいからです。



ただ、それでも時計を気にすることもあって、それは、「あー、あと1時間で帰らんといかんからお別れやん。」とか考えているときです。



そのときは、不幸せな思考が入っています。



この幸せの定義は私が21歳のときに思いつき、かなりの自信があるんですが、



いろんな人に説明しても、感心してもらえません。



なんか、びっくりするほど反応悪いww