「わたしの人生、〇〇で変わりました」
っていうフレーズ。
人によって、〇〇に入るものはちがうと思う。
青汁だったり、
早起きだったり、
速読だったり、
転職だったり。
今までやったことのない何かを生活に取り入れることで、人生がうれしい方向に、大きく変わり出した、という。
なぜかふと、そのフレーズに、怒りを感じた。
なんでだろう、と。
怒りを感じるということは、羨ましい、などの気持ちの裏返しかな、と
自分にとって、なにか、意味があるかも、と
ちょっと掘ってみた。
切り口として、自分にとって「人生変わりました」といえるものを考えた。
縮毛矯正、だな。
これは明らかに、毎日の気分が激変した。
髪が多すぎて困っていたところ、かなり落ち着いて扱いやすくなったし
一本一本ねじれていた毛がまっすぐになることで、光を反射しやすくなり、艶が出た。
勇気出して行って、本当に良かった。
自分にとってまさに、人生変わったといえることだ。
あのフレーズに怒りを感じるものの、自分も何かが大きく改善したといえるものを持っていた。
他は、えーとえーと、と思ううち、間もなくわかったのが。
劇的なことしないと、人生変わらないから
そうしてくれる何かを探さないといけない
っていう焦りがあること。
それに伴い、怒りの声が。
毎日、変化してるようなしてないような、
うまくいったと思ったらうまくいかない
そんな自分の人生
それでも、毎日がんばってるんだよ!
激変するような何かを探すことで、毎日のようにやってることや、なかなか変わらないようにみえる自分を
消そうとしないでよ!
そんなことが、内からきこえた。
ああそうか。
自分、焦ってたんだな。
毎日同じような壁にぶち当たって、なんとか向き合っているつもりだけど、どうもうまくいかなくて。
逃げ出したい、放り出したい
なにか一発で壁に穴を空けられる、なにかがほしい
毎日は絶対、変化はしてる。小さいゆえに、気づいてないだけで。
その小ささが、ばからしく、そう感じるくらいに切羽つまってたんだな。
小さい変化しかできない、なかなか変われない自分にやきもきして、いつからか無意識に否定もしていたらしい。
それが、悲しかったんだな。
悲しみが、怒りとして出ていた。
怒りは二次感情、とはいう。
人によっては、悲しみが二次感情の場合もあるみたいだけど。
怒りのわけが、わかった。
悲しかったんだな。
焦ってたんだな。
それがわかったからとて、壁は壊れないかもしれないけれど
自分を知るって、きっと大切。
でも
でもでも
やっぱり、焦るのは焦るなあ。
やきもきするなあ。
これは今はどうにもならんなあ。
-Ato-