漫画を描くと言って東京に出てきてはや半年…

やる気が出なくてごろごろごろごろ…


描きあげた作品は1つのみ。
某少年誌に持ち込むもボツ。


落ち込んでごろごろごろごろ…


漫画家のアシスタントに応募するも連絡はなしのツブテ


もしかして明日連絡が来るかもなんて考えながらごろごろごろごろ…


いや違う、これはあれだよ、
お、おれはまだ本気出してないだけ



貯金はストーブの前のあずきバーのごとく溶けていく。
いよいよちゃんと仕事探さないと。。


そんな中、11月某日の午後、友人の出産祝いにかこつけて福島の実家に帰ることにした。

しかしここで状況判断がきちんとできなくなるという怖ろしい病、『無職病』が私に襲いかかる。
高速バスの出発時間から逆算した、家を出なければならない時間が計算できなくなっていた。


最寄駅から東京駅まで着くころには、事態の深刻さが理解できるようになっていた。

「ヤバイ、高速バスに間に合わない」

東京駅に着くや否や、大荷物をぶんぶん振ってハイヒールでバス停に走る私。
息を荒げこめかみに汗を流し、怠けて衰えた体に鞭打つも虚しく、バスは出発して目の前を走り去って行った。


バス停でコーラで喉の渇きを潤しつつどうすればいいのか途方に暮れる私。

しゃあない、しゃあないね 高いけど新幹線で帰るしかねえべ


新幹線を降りたころにはもう夜になっていた。
寒い。福島寒い。

あ~あ、高速バスで帰ってきていたら母が習い事の合唱が終わる時間と合って駅まで迎えに来てくれたのに。
母はまだ腹式呼吸の真っ最中だ。

路線バスに乗り、実家近くで降りて、ああやっと実家につきました!って思った時に気が付いた。

実家のカギ忘れた…

母はまだハミングの練習中。私家に入れないじゃんか…まじですか?


今日は、何もかもうまく行かない。


いや、全てが自分の不注意だ。無職病だ。分かってますってば



近所にファミレスなどはない。
仕方ないから隣にある兄の家へ。

私とは年が離れている兄は私が高校生の時に結婚し、現在中学1年になる娘と小学4年の息子がいる。

奥さんを除く一家は卓球をたしなみ、私の実家にある卓球台を使うために合いカギを持っている。私はそれを借りて自宅に入ろうと思ったのだ。


でも実のところ兄の家には行きたくない

もともとそんなに仲良くないというのもあるが、兄に「東京なんかに行って仕事もしないで何フラフラしてるんだ!?」

そう責められたくなかったからだ。
兄には漫画家を目指していることは言っていない。だって、ばかみたいでしょ、自分でも思うもん


しかして福島寒い。むちゃくちゃ寒い。このまま凍えて風邪ひくくらいなら兄の言及にも耐えよう。


そう思って兄の家のインターホンを押す。
出てきたのは奥さんで、驚いた顔で私を見た。東京にいるはずの義妹が突然訪ねて来たのでそりゃあびっくりしますよね。ははははすいません


事情を説明してカギを借りたい旨説明する。

奥さんは快く探してくれんだが、なぜかその日に限っていつものあの場所にカギがない


どんなに探してもない


奥さんはどこまでもいい人で、もうすぐ夫が帰ってきたらカギのありかも分かるから、それまでうちで待っていればと言ってくれた。


人に頼るのは悪いことだと無意識に刷り込まれていた私。

遠慮しながらも久々の炬燵に足を通し、温かさを噛みしめた。



ややあって兄が帰宅。

しばらく見ないうちに10歳くらい老けたなあ。頭なんか白髪まじりになっちゃって。
私も兄から見れば老けているのかもしれない。

兄が実家のスペアキーを探してくれたんだが、やっぱりカギがない。
どうも前回卓球をした際に卓球室にカギを忘れてしまったらしい。

鍵を入手したら速攻ずらかろうと思っていたのに…
案の定、近況報告を求められたので、4日間ほど滞在して東京に戻ることや、短大の時に専攻していた化学の方面の派遣の仕事を探していることを伝えた(これは事実である)。
何もせずにふらふらしているなどと答えようものならどんな非難の白い目が向けられるか…

無職病人の世間に対する卑屈さといったらない。
社会の責務を果たしていない自分など、拒絶しかされないだろうと思っていたのだ。


私の内心が固定観念に満たされていたとき、しばらく黙っていた兄がおもむろに口にしたのは意外な言葉だった。


娘の家庭教師をやってくれないか


聞くに、数日前に行われた三者面談で担任の教師が言うには、めいっこの成績は中学1年にして進路が危ぶまれるレベルらしい。


そして私の家族の中で、中学時代一番成績が良かったのは私なのだ。


しかして、このタイミングで、

私が実家に戻ることを決め、

高速バスを乗り過ごして、

母親が週に一度の習い事をして不在で、

私が実家のカギを忘れて、

兄の家にもなぜかあの場所にスペアキーがなくて、

兄の家にやっかいになることがなければ、

東京に住んでいる私に家庭教師の話が回ってくることなどありえなかったのである。



私にはなにか、今日一日のトラブルが何らかの意思によって起こされたものではないかと思えた。


家庭教師を引き受けることが、めいっこや兄のためになることはもちろん、私にとってもとてもいい効果をもたらすことを予感した。




そしてこれが、私が今まで生きてきた中で最も使命感を持つことになる『仕事』の始まりだった。