明けましておめでとうございます。
2012年も早9日が過ぎようとしています。
たまに更新したと思えば内容が
つまらない、とか心無い事を言われます(笑)
なかなかじっくりとブログを書いてる時間も
体力も無かったもので。
今日は少し時間があるので、今回位は少し
マジメなお話をしたいと思います。
昨日の郡山カップ、すでにお知らせの通り
2年ぶりに2度目の優勝を果しました。
今シーズンはリーグ戦も5位、選手権も
全国大会出場は叶わず、東北では掲げた
目標を達成する事が出来ませんでした。
そんな中、救いだったのは今回の優勝と
クラブから初めてFリーガー「倉沢 飛輝(No.11)」を
輩出した事の2点です。
クラブが現在の体制になって4年。
遂にはFリーグへ選手を
送り出せた事で、大震災に
見舞われた激動の年に希望を
持つ事が出来ました。
私が知る限り、アトレチコのフットサルの歴史は
「福島県最弱」からのスタートでした。
2005年、郡山で開かれたJC(日本商工会議所)の
全国大会開催を機に、設立された
市民総合スポーツクラブとして活動をスタート。
当時のフットサル日本代表の合宿招待や、
エキシビジョンマッチを行うなど普及活動に
おいては非常に貢献していました。
が。
クラブ自体の競技力はお粗末で、
県リーグがスタートして2年間は常に
最下位を争っていました。
転機が訪れたのは3年目で、
日大工学部の学生達を中心に
勢いのあったチーム「Fenrir」の参加、
そして、そのシーズンの終わりに
当時福島県のタイトルを総ナメにしていた
「おむころ」のメンバーが加わり
東北リーグへ参入。
その後も毎年メンバーが入れ替わり
立ち替わり、2010年からは市民
スポーツクラブとしての間口を広く
すべく、やれる範囲で楽しく熱くを
モットーとした「フォルテ」をスタート。
いつしか、東北でも5本の指に入る
クラブにまで成長しました。
今日に至るまで、実に50名以上もの
メンバーが「アトレチコ郡山」の
ユニフォームに袖を通し、歴史を
紡いできました。
「クラブを始めることは簡単だが
続けることは実に難しい」
毎年そう思います。
残念ながら、今シーズンを限りに
また数名ユニフォームを脱ぐ事となります。
環境の変化、家庭の事情など様々な
理由はありますが、それはアマチュアで
ある以上仕方の無い事。
だからこそ、そんな中で活動を続けていく
意義についてはしっかりと持っていたい。
クラブの活動を通じ選手達自身、
そして関わる全ての方に喜びや楽しみを
もたらし、地域社会に貢献する。
そして高い技術と強い気持ちが生む
素晴らしいプレー、またそれが散りばめられた
アツい試合「スペクタクル」をクラブの文化、
魂として後世に受け継いでゆく。
これが全てです。
サッカークラブ世界一のバルセロナも、
今日の高校サッカー選手権で優勝した
市立船橋も、共通していると思います。
アトレチコ郡山は参加した全てのメンバーに、
共に歴史を築いてきた事に誇りを持って貰える
価値のあるクラブです。
また来季のシーズンに向け、新たに
メンバーを迎える必要があります。
上手い下手とかは関係ありません。
120%必ず上手くなります。
気持ち一つあれば十分!
こんなにも面白い事、もっと多くの人達と
分かちあわないともったいない!
ぜひ、共に歴史の1ページに名を刻んで
いきましょう。
これからも宜しくお願いします。


