横浜へ行ってから、
私はキシダさんが大好きで、大好きで。
でもキシダさんは何も変わらない。

相変わらず、毎日何通もメールをくれる。
私の好きな物、好きそうな事、みんな覚えていて、
街で見かけた物、教えてくれたり、写真をくれたり。

いつだって、私には大事に大事に接してくれる。
嫌われてるなんて、到底思えない。

なのに、それ以上は近寄ってきてくれない。
あの日の夜に思った通り、
もしかして何もかも知っているのかも。
あるいはキシダさんにこそ、私の知らない事情があるのかも。

表の事象、裏の事情。

物事には必ず隠れた要因があるはず。

ないとしたら、本当に沢村君の言うとおり、
「なんにも考えていないオヤジ」
になっちゃうし。そうとはとても見えないし。

結局はこうやって、
いつの間にか恋をしている私。

もう誰のことも好きになることなんてないって、
去年の夏にあんなに強く思ったばっかりなのに。
それからたくさんの男の人に続けて会って、話して、
もう二度と私の心は誰の元へも動かないって、
ついこの間、そう判断したばっかりなのに。

自分の安易さが恥かしい。

こうやって私は何度も何度も恋を繰り返していくのだろうか?
またそう遠くはない未来に
今までとたいして変わりのないような結末を迎え、
楽しかった思い出も愛しかった気持ちも
全て何か別の物で塗りつぶされ、
結局私にはタカキしかいないと戻っていくんだろうか?

私はいわゆる依存症なのかもね。
誰かを追いかけることでしか、生きている充足は得られない。
自分の近くにある幸せは一生見えないのかな。
幸せ、であるのかな。私の目の前にある光景。
きっとそうなんだろう。
みんながそう言うし。

「で、結局潤はどうするわけさ?」

久しぶりにマリコと2人飲み。もちろんメンコ。

と言っても、ほぼ毎日メールとミクシィメッセの応酬で
特に久しぶりといった感じもない。
毎夜、私の活動報告を聞くのが至極の楽しみだったマリコにすれば
最近まるっきりその手の進展がないのが不満のご様子。

「だからぁ、いらないって言ってるじゃん」

私は梅酒ロックをちょびちょび舐めながら答える。
カウンターの向こうでは沢村君がニヤニヤと笑っている。
沢村君はわかってるんだか、わかってないんだか、
いっつもニヤニヤしているの。

「適当に遊んでるんなら、潤が一番いいでしょ?
あっ、それともあの関西の子?」

「藤川君でしょ?マジでどうでもいい。」

軽くあしらう。
こんな会話だけ書き出せば、やっぱりまるで中学生。
結局恋愛だけに依存して生きているのは
20年たっても、30年たっても変わらない。

だってそうでしょ?これ以上に楽しいこと、何がある?
平凡で単調な毎日よりも、目が眩みそうな刹那。
どうしてそんな2つを比べることができる?

「いくら大きな生簀を作っても、
結局あなたの欲しい鯉はいないってわけね」

またその話・・・
何もかもわかった顔をしてマリコは結論づける。

「フナばっかりでしょ?もう諦めて家庭に戻りなよ」

さんざん自分が面白がっていたくせに、
諭すように言うマリコは、今日も既に酔っ払い気味。
“うーん・・・”と私は曖昧に返事をする。
酔っ払い気味のくせにその曖昧な声を見逃さず、マリコは突っ込んでくる。

「なに?心残りがあるわけ?誰?
あ!もしかしてまだあの金魚屋が忘れられない?」

私は苦笑い。
忘れられない・・・か。
忘れたことなんてなかったし。
忘れられないから、こんなにバカバカしい遊びを延々続けてきたし。
本当を言えば、また突然私の前に戻ってきてくれるんじゃないか
そんな少女趣味な妄想をすることもあった。

でも最近はそんなことはほとんどない。

恋の痛みは新しい恋でしか消せない。
これはまさしく本当だね。
でも、恋の痛みを消すために、次々新しい恋を上書きしたら
最後の恋はいつくるのかな。
その恋すらも終わったら、上書きされずにずっと心に残り続ける?
私にはそれがよくわからない。

「それはないね。さすがに」

私がきっぱり答えたら、
マリコはまたしばらく沢村君と顔を見合わせて、
「もしかして、あのオヤジ?」
と恐る恐るといった感じで聞いてきた。
だから素直に、「うん」と頷く。

「もう、有り得ないからっ!あんたそのネタひっぱるねー」

吐き捨てるように言った後、マリコは大笑いする。
沢村君もやっぱり笑っている。

「ネタじゃないもん」

私は頬っぺたを膨らませた。

「見たことないから珍しいんでしょ?ああいうの」

勝手な解釈をし、私ではなく沢村君へ「ねー?」と同意を求める。
沢村君は、さすがに私に悪いと思ったのか、
中途半端に首を傾げて笑っている。

「それにあの人所帯持ちでしょ?」
「違うよ。独身だって。お父さんお母さんと住んでるよ。」

私が親密になりそうな殿方は、
まるでデータベース管理しているかのように
なんでも知っているマリコ。
そのマリコもキシダさんのことはろくに知らないみたい。
よっぽどノーマークだったんだ。

「独身ってさ、また面倒くさいよ」

なぜかいきなり若干素な表情を取り戻し、マリコは言った。

「かもね」

私も小さく頷く。

マリコと私の頭の中には今同じ光景が浮かんでいる。
去年の夏、消えてしまったあの人、そしてあの女の人。

「独身でもさぁ、きっとなんかいるんだろうね。
いないわけない。あの年で。」

それは私も心から同意。
だからどうしたって問題なのが、やっぱり私は学習しない証拠。

「なんか」っていうのは、もちろん彼女だったり、婚約者だったり、
それ以外の何かだったり。

なんにしても、何も生まれはしない。
私はまた本能のまま追いかけるだけ。

あの包まれるような幸せな時間、
私だけの物にしたい。
ニセモノだったとしてもね。

私には刹那しかない。
全てが叶う刹那しか目指していない。
その後のことはどうでもいい。

突然私達が回顧に沈み、
さすがに客商売に慣れた沢村君は
聞かないふりをして別のお客さんと世間話をしている。

「まぁ、別に、どうともならないんだろうけど・・・」
何がどうともならないのか、
マリコの言っていることはよくわからなかったけれど
流れていきたい方向は読めたから、私もだまって頷く。

ふと、震える携帯。
キシダさんからメールだ。

マリコがお手洗いで席を立ったから、
私はすぐに携帯を開く。


From:キシダ
Subject: RE:確認したよ
今、仕事が終わりました。
今日はもう遅いから、新橋は欠勤だなぁ
勝どき橋、やっぱり22時過ぎたらライト消えてた。
冬時間かどうかは、週明けて
管理者の東京都第一建設事務所に聞きます。


デスクワークが溜まっていたキシダさん。
今日はメンコには行けないかもって、昼間から言っていた。

この間、勝どき橋の灯りが何時までついてるのか?って話し合った。
10時までだよ、ってキシダさんは言うけれど、
私は去年の夏、12時に勝どき橋の灯りが消えたのを見たんだ。

そう話したら、それを覚えていて確認してくれた。
確認って言っても、部屋の窓からちょっと見下ろすだけらしいけれど。

冬と夏は時間が違うのかな。
どっちにしても、週明けにわざわざ調べてくれるらしい。

別に知ったところで、どうにもならない些細な話なんだけれど。
あの夏の日、確かに12時まで灯りはついていたんだ。
それだけが真実で、それ以上は何もない。

これが最後だと思った夏の日はもうすっかり遠くなり、
もう少しすればまた新しい夏が来る。

新しい夏、私は誰と一緒にいるんだろう?


次へ
 
目次へ


にほんブログ村 恋愛ブログへ
恋愛